幻に終わった「ローマ万博」の計画に関する公式資料。中央カラーの1枚は会場全体の配置を示す平面図で、その上右は会場全体模型を写した写真の紙焼き。右下はいまは「イタリア文明館」となっている建物の建設風景。専用封筒に6点を収めた一括。
■またしても、店の営業に関わるお知らせからとなります。来週金曜・土曜と小店の所属する東京古書組合・南部支部主催による「南部支部大市会」が開催されます。小店は入札だけですが、大量出品が見込まれることから土曜日も入札締切時間ぎりぎりまで入札を続ける可能性があり、6月5日(土)は14:30からの営業とさせていただきます。大変恐縮に存じますが、ご来店の折にはご留意いただけますよう何卒よろしくお願い申し上げます。6月1日(火)、6月3日(木)はいつも通り12時から20時で営業いたします。
■回を重ねる毎にご愛読者の増加を見ております沼辺信一氏「バレエ・リュスと日本人たち」。ご報告が遅れましたが、5月はお休みをいただきました。6月からはまた月刊発行(!)
を目指して、執筆者の頭のなかにはすでに構想も出来ていらっしゃるご様子。次回、第13回のアップまで、楽しみにお待ち下さい !
■目黒のジェオグラフィカさんのライブラリー・スペース占拠も、明日・5月30日(日)まででひとまず打ち上げ。お運び下さいましたみなさま、本当に有難うございます。5月31日からは以前と同じ1Fの右手奥のスペースへと戻ります。引き続きご愛顧のほど、どうかよろしくお願いいたします。
■恥ずかしながら先週の新着品について訂正でございます。半分は投げ出す格好となった『PRIMA MOSTRA TRIENNALE DELLE TERRE ITALIAN D’OLTREMARE』ですが、ご同業の方から懇切なご教示をいただきました。正しい英訳名は『Triennial Exhibition of Overseas Italian Territories』で、さらにこんなサイトまで! 小店が書いたことなどすっぱりきっちりお忘れていただいて、詳細については左記サイトでご確認いただければ幸いです。そんな無責任な扱いをしておきながら、今週の1点目もイタリアものというこの無謀。誰か止めて。といっても誰もいない夜中の2時過ぎ。先に進みます。1942年に開催が予定されていたローマ万博に向けてイタリアの組織委員会が発行した資料集。『ESPOSIZIONE UNIVERSALE DI ROMA 1942-XX』と金箔押しした封筒に、1938年12月の発行で、開催主旨を記した英文冊子『INVITATION TO THE WORLD』1冊、実施計画をビジュアル誌にまとめた『ESPOSIZIONE UNIVERSALE』1冊に、会場全体模型と建設工事風景を写した写真紙焼きが3点(内1点は現在の「イタリア文明館」の建設風景)、フルカラーによる会場全体の配置計画図(1939年発行の記載あり)1点の合計6点が収められていました。
『デ・ステイル』誌の第6巻第9号。下右は当冊子の表紙、上は表2と本文1P目の見開き。表2に『パスモ』と『メルツ』の広告が見える。本文1P目左半分は奥付とドースブルフの作品の図版、右半分はドースブルフによる論考「モダニズムの死」(全4Pの冒頭部分)。組版から図版まで、実際には非常に端正でモダンな誌面となっている。
ローマ万博は、幻に終わった戦前の東京万博と同様、第二次世界大戦勃発で中止となりましたが、こちらはすでに建設が進んでいたため、現在もローマ近郊に「エウル」地区として計画の一部が現存しているのは周知の通り。ムッソリーニが1937年のパリ万博を意識して開催を決定したともいわれる1942年ローマ万博ですが、パリ万博開催と同じ1937年にイタリアは国際連盟を脱退、1939年には独伊軍事同盟を結んでいたドイツのポーランド侵攻によりイタリアと英米との関係も悪化するなか、ムッソリーニはローマ万博の遂行と成功を一体どこまで信じていたのか …… ひとつだけ確かなのは、美しく、力強く描かれたこれらの計画からは、弱気の虫など読み取れないというそのことです。
■日本語も覚束なところにもってきて、全く歯がたたない英語、フランス語、ドイツ語の書籍を割と日常的に扱っているという時点でもうかなり大それたことだというのに。今度はオランダ語 …… 認識の甘さという点では、ファシスト党の党首を大きく上回ってます。こうした次第ですから以下の解説はあまり真に受けないのがよろしいかと。で、新着品2点目は『DE STAIJL ZESDE JAARGANG 1924-1925 (No.)9』-オランダのライデン発祥、テオ・ファン・ドースブルフやピエト・モンドリアンらによる非造形主義芸術グループ「デ・ステイル」の機関誌『デ・ステイル』誌の第6巻第9号。巻頭4Pをドースブルフの「モダニズムの死」が占める他、ベルギーのタダイスト=クレマン・パンサールの「ことば-最後の権威に問うその未来」、無署名(ドースブルフの執筆か)の「アートの終焉-ネーデルランドに対抗して」と「シュルレアリス」、ドースブルフの「ガラスと鉛のコンポジション」など、本文は二段組みでわずかに8Pながら、内容は濃いいもよう。当号発行当時、すでにドースブルフとモンドリアンとの間で主義の相違による決裂を見ていたものか、当書についてはかなりの部分をドースブルフが執筆、また、タイトルから見て転換期を意識したような記事が多くなっているのも、ドースブルフの芸術観の変化を背景とするものではないかと推察します。表1にはワルシャワ、ライデン、ハノーヴァー、パリ、ブルノ、ウィーンの地名が印刷され、また、表1を除く表2~4はデ・ステイル関係の刊行物とともにクルト・シュビッタースの『メルツ』、カレル・タイゲが編集に加わっていたチェコの(ブルノを発行拠点とした)『パスモ』など、当時の欧州各国アヴァンギャルド系紙誌の広告が掲載されているのも興味深いところ。安い印刷代金と送料で世界各国の同志に手渡すために、この『デ・ステイル』のような体裁 - 当品に限っていえばB5サイズで表紙まわりを含めた総ページ数12Pというペラペラの薄い冊子 - はこの当時、本日日本発売となった今日の『iPad』と同等の意味を持っていたのかも知れません。今週はこの他、戦前のフランス文学を中心とした翻訳書23冊、イタリア・未来派の建築についてまとめた1990年限定500部発行の『ARCHITETTURA FUTURISTA』、斎藤佳三が表紙を担当した4点を含む戦前の楽譜類が1袋、これらが来週の火曜日に店に届く予定。そして活版印刷用の活字や飾りが少しですがすでにこんな感じで → 店に入って、一堂みなさまのご来店をお待ちいたしております。
1940年頃発行の『PRIMA MOSTRA TRIENNALE DELLE TERRE ITALIAN D’OLTREMARE』より。下段左端は表紙。大判厚冊でとくに広告には優れた表現が多数含まれる。テキストの書体、レイアウトもモダン。広告には帽子のボルサリーノ、ロイド・ラインなど交通関係も。
■今週火曜日、店を休んで出掛けた「洋書会大市」は、大市の名に相応しく、政治経済から自然科学まで世界的名著の初版本から古版本など、洋書界の王道古書でひしめいていました。王道になればなるほど手も足も出ず、落札はどこまでも趣味嗜好 - もちろんお客様のではなく自分の - にこだわった3点に留まりました。 パリで開催された浜口陽三の個展図録は小型ですがオリジナルが1葉、署名も添えられていました。20世紀の活版印刷並びにプライヴェート・プレスに関連した資料として『THE OFFICINA BODONI 1923-1977』。こちらはオフチーナ・ボドニの手掛けたタイポグラフィや組版のリプロダクトを多数所収。(この2点の詳細については、ただいま現物が手元にないため、店に入荷する明日以降の内容確認となります。) そしてこの日、「これが落札できなかったら来た意味なかったかも」というのがコレでした。『PRIMA MOSTRA TRIENNALE DELLE TERRE ITALIAN D’OLTREMARE』。1940年5月9日から10月15日までナポリで開催されたイタリア国際博覧会の公式記録集。ここまでなら誰だって入札する時点で分かるというもの。ところが。昨日金曜日に持ち帰り、「ナポリ・トリエンナーレ」なるものの歴史的記述というのを調べ始めたのですがいくら調べても出てこないではありませんか。しかもイタリア語、読めない。困った。加えて。同じイタリア国内では、同じ年の4月18日から6月30日まで、「第7回ミラノ・トリエンナーレ」が行われていて、こちらは国際博覧会事務局による国際博覧会・特別展としての認定付き …… んじゃナポリ・トリエンナーレって一体何! といった具合。で、依然として全然自信はありませんが、PRIMAがfirstで「最初の」、MOSTRAはextentionで「拡張」「増設」、さらに表紙に「第8回」という記載があることから考えて、1940年ナポリ・トリエンナーレはミラノ・トリエンナーレから派生した拡大展の第1回目であり、ファシスト党率いるイタリアとしては、ミラノだけでなくもうひとつの定期的な国際博覧会の創設を目論んでいたのではないか…というのがいまのところの推測。内容的に見ると、あくまでイタリアの国内産業を中心とした経済産業振興に力が置かれたようで、「OLIREMARE」とはつくものの、むしろ国内対策に眼を向けての取り組みだったのかも知れません。と、こんなことイタリアの歴史に詳しい人に聞けばすぐに分かりそうなものでして、尋ねる相手もいないというあたりも小店の限界を物語っております。
神原泰著『未来派研究』 上段左の函は表に「捧の言葉」(画像平を見せている部分)、裏に「未来派万歳!」を著者がイタリア語で書いてデザインに使用。布装の書籍本体の表側はクービンによるマリネッティ像、裏側はマラスコによる「マリネッティの身振り」。下段左はマリネッティの「ブルガリアの飛行機」(自由語)を神原が日本語に訳出、縦横自在な組版で表現。右見開きは“未来派の自由語による「文学の絵画化」”の事例。
いまひとつ釈然としなくっていけないのですが、ともかくこれを書き終えないといつまでたっても眠れないので強引に先に進めますと、表紙は図版に3Dのような効果を与える深いエンボス加工、中面テキストはレイアウトも書体もモダンの粋、写真や広告表現もそれはもう見事なものばかり… とまあ、どこをとっても手抜きなし・徹頭徹尾の格好のよさ。ファシズム政権下、芸術にせよデザインにせよ後退することなく前に進み続けた ( というか、むしろ予算を好きに使えてやりたい放題というのが真相か ) 戦中イタリア唯一の面目(?)がめいっぱい詰まった1冊であります。
■いつもの金曜日の市場でからは、石黒敬七『巴里雀』(函付)とパリ留学記の1口、非常に状態の良い『先駆芸術叢書』は9冊一括で、紙モノでは外国人物写真絵葉書の1縛りを落札。『先駆芸術叢書』では『ロボット』と『電子人形』という肝心の2冊が1冊ずつの出品されており、満を持しての入札だったはずがああっ。と、とっ、とれなかったぁ…。で、どうにかこうにか落手できたのがこちら。神原泰著、大正14(1925)年・イデア書房発行『未来派研究』(初版)。戦前日本の未来派導入期における中心論客・神原の主著のひとつについては、ここでの多言は不要でしょう。ご同業の先輩より「別丁図版の落丁がとても多い本なのでよく注意して」とご教示いただいた所収図版ですが、お陰さまで落丁なし、全体的に見て状態は上の部類。僅かに線引きと、巻末に設けられた「読者索引」に書き込みがあるのが疵。書き込みは編集意図に従って旧蔵者が自分のための索引を書き出したもので、これもまた古書ならではのご愛嬌、と思っていただけるのならこれ幸い、ここから元の持ち主の人となりを想像するのもまた楽しいものではありますが。ぢうでしょう。ところで、『ロボット』と『電子人形』。ご存じの通りこの2冊、同時代にそれぞれもう少し造りの立派な別版が存在していて、『叢書』版かとつい軽く見てしまったのがいけなかった。後で聞いたところによればSF小説として見た場合、『叢書』が日本初訳となるのでむしろ積極的に評価すべきなのだとか。
上段左はF・ジョルダン / 同中央は左がナタン、右がF・ジョルダン / 同右の2面内右はアンドレ・マルティ(水泳、球技、ダンス、ゴルフ、飛行機、ヨットなどが描かれている) / 下段左の2面内右はF・ジョルダン その後ろ・ブルー2面はともにデュフィ / 細かい柄は江戸小紋などキモノの図案にも応用できそう。いずれも『ETOFFES IMPRIMEES ET PAPIERS PEINTS』より。
古書というのは見方を変え、それを置く場所を変えることで、価値まで変えてしまう不思議な存在に違いありません。落札された方の上札を見てすっかり自信を喪失しながらも、なぜだか清々しい敗北でありました。
■今週店に届いたのをようやく確認いたしましたので、先週の洋書の続きを駆足で。今週の画像3点目は1924年発行の『ETOFFES IMPRIMEES ET PAPIERS PEINTS』、要はファブリック・プリントと壁紙のデザイン集めた図案集です。編者であるレオン・ムシナックはアール・デコ期に多彩かつ影響力をもって活動し、フランスにエイゼンシュタインを紹介するなどとくに映画批評で名前の知られた人のようですが、ここではアール・デコのデザインを扱っています。多色石版刷の未綴じのリーフを見ると、フランシス・ジョルダン、ナタン、ラブルール、デュフィ、マルタン、マルティ、バルビエと驚くような名前が出きて、これも編者の力によるものでしょうか(但し、プレートに欠け有)。この他、19世紀から20世紀初頭にかけフランスで陸続と出版された装飾図案百科のなかでも、道標となったといわれるオーウェン・ジョーンズの『THE GRAMMAR OF ORNAMENT』(但し改装本・プレート抜け有)、アール・デコ期に活躍したデザイナーで壁紙やテキスタイル・デザイン、陶器の意匠で活躍したモーリス・ピラール・ヴェルヌイユの『ENCYCLOPEDIE DE LA PLANT』6冊(1869年発行で図案は具象。各冊12葉の多色石版刷プレート入)、ジャポニズムの影響も顕著なアール・ヌーヴォーの図案集『DECORAZIONI MURALI E SOFFITTE』などを陳列いたしました。主だったところを並べてただいま店内はこんなふうになっております → と、強引に来週の営業案内に誘導して今週の新着案内を終わります。お読み下さったみなさま、本当にお疲れさまでございました( … 来週からはもそっと短く。はい。そういたしたいと。できることなら)。
『選襗(選択)・伝統・創造-日本芸術との接触』はシャルロット・ペリアンと坂倉準三の共著として、昭和16(1931)年に発行。日本政府の招聘により来日したペリアンが、日本で接した工芸・民芸に触発されての創造の成果を具体的に形にした、高島屋での展覧会にあわせ発行されたもの。
■先ずは大切なご案内を。来週は火曜日に「洋書会大市」が開催されるため、店の営業日は5月20日(木)と5月22日(土)の各日12時~20時とさせていただきます。19日(水)は店に出る予定でおりますが時間は未定。このため、この日のご来店には先ず、お電話で在席をご確認いただけますようお願い申し上げます。またしても、の不定営業で、ご不便をおかけいたしまして大変申し訳ございません。「国宝燕子花図屏風」の特別展示とあって、眼前の根津美術館はタぁ~イヘンなことになっておりますが、人あたりしちゃったよ、なんて方には息抜きに小店うってつけ - 何しろほんとに静かなのだけが取り柄でありまして。ご来店のほど、お願い申し上げます。また、先週も訂正いたしましたが、ジェオグラフィカさん3Fライブラリースペースを占拠しての小店商品展示販売は5月30日(日)まで会期延長と相成りまして、図々しくも依然、居座らせていただいております。こちらは会期中無休という(…深く頭を垂れて感謝)。そんなこんなでますますわけ分からない小店ではございますが、天候もようやく安定してまいりましたところで、表参道へ、目黒・インテリアストリートへと、お運びいただければ幸いです。何卒よろしくお願いいたします。
■今週の新着品、1点目はこちら。シャルロット・ペリアン、坂倉準三共著、昭和16年・小山書店発行の『選襗(選択)・伝統・創造-日本芸術との接触』(初版)の再入荷です。布装帙にA4・25P解説冊子と未綴じのリーフ53点を収めた完揃いで、リーフと冊子には目立ったシミもなく、帙の表紙側四辺周囲の焼けを除けばコンディションは上々です。当書概要については、丁度1年前、「09/05/09」の新着品ご案内のページをご参照いただくとして、ひとつだけ加えておきますと、解説冊子の表2にあるペリアンの仏文識語署名は直筆ではなく印刷で、当書にはもれなくついてきます。時々「おおお。署名入りだしめしめ」と喜ばれる方がいらっしゃるようなので付言する次第であります。なんてことを云ってる自分が、実は以前、糠喜びしたことのある一人でして、これぞ真の老婆心。
アール・ヌーヴォーの泰斗、ウジェーヌ・グラッセによる花をモチーフとした図案集『LA PLANTE ORNEMENTALES』。巻1・巻2の2冊で石版刷72図を所収。1896年、パリで発行。表紙周辺に多少の傷みとシミがあるものの、図版は非常によいコンディションが保たれている。
■今週も荷物は少ないんだろうなぁと至ってお気楽に出掛けた市場はしかし、予想をあっさり裏切るウブ口の出品あり。突然のことに前のめりで市場を右往左往することになった原因は、キモノの意匠工房に眠っていたと思われる戦前の図案関係資料のウブ口でした。なかでも「こっ、これだけはぁあ~」と思って入札して、何と下札で落札できたのがこちら。『LA PLANTE ORNEMENTALES』、著者は「E. GRASSET」。市場が終わると「サトーさん、何か鮮度、落ちてますよ。」なんて指摘されてしまったヘロヘロ状態、大判で重量もなかなかとあって、同タイトルの2冊の内「2」の巻だけを持ち帰りました。書名と著者名、大よその年代のあたりをつけてケンサクしてみると… 1896年にパリで発行、全72図(巻2はPL 37から72まで)を石版刷で所収、2巻で揃い - と出ました。明日、店に落札品が届いたところで巻1とあわせて再度確認いたしますが、まず間違いないはずです。また、同じ著者名で似たようなタイトルの本が1979年に発行されているようですが、こちらは正真正銘の1896年発行の元版です。さて、この装飾図案集、画像でもお分かりいただける通り、植物をモチーフとしたアール・ヌーヴォーのデザイン図案集で、花の種類ごとに先ず写実的な図版が1P置かれた後、同じ花を意匠化した2Pが続く、という構成がとられています。すでにお気付きの方もいらっしゃると思いますが、著者の「E. GRASSET」は、アール・ヌーヴォー様式の先駆者であり、そのデザイン・パターンの基礎を築いたとされるウジェーヌ・グラッセ。スイスに生まれ、ドイツで建築を学び、パリで家具や宝飾などの工芸意匠、さらにポスター・デザインなどの分野でも活躍したグラッセは、日本美術への造詣も深かったとか。
お菓子屋さんをめぐる紙モノたち。キューピーやウサギの図案は“ブカ焼き”なるものの焼形。ブカ焼きの実体はいまのところ不明。ワッフルはひたすら“滋養”を訴える食べ物だったらしい。松と梅が刷られているのは木版刷の上掛紙。
『日本美術からの影響もみられるグラッセの図案集が、今度は日本に輸入されてキモノに生かされる。人→モノ→人→モノと、時に大きくて・重くて・厚くて・ウザイ(!?)モノを媒介として切りなく続いていたはずの連関は、いま薄っぺらい板状様機器ひとつに収まるデータ - 実体を伴わない軽いもの - へと、悉くとって替わられようとしているというわけですな。つむじ曲がりな古本屋は、今後、重厚長大なもので溢れかえることになりそうな気がします。はっはっはっ。
■締めくくりはちょっと気軽なもので。カステラ、人形焼き、ワッフルなどの焼き菓子や、打ち菓子の型、ヨーカン板などの商品図案を並べた大型チラシとお菓子屋さん要に販売されていた包装紙の見本(ここまで画像)に、やはりお菓子屋さん用の木版多色刷・上掛け紙、そして寿屋(=サントリー)PR誌『繁盛』の昭和13年発行・創刊号など、久しぶりの紙モノはお菓子屋さん関係となりました。今週はこの他にも戦前の洋書で石版刷やポショワールのデザイン図案集が約20冊と大量入荷、デザイン雑誌『form』1960年代初頭発行分が約20冊、木版扇面図案15葉、バーナード・ショー宛の野口米次郎直筆書簡付き英文『北斎 広重』、『ディアギレフのバレエ・リュス』他展覧会図録10冊、大正期の第1回から昭和初めまでの国勢調査記念絵葉書が木版やエンボス+写真コラージュの奇天烈デザインまで約50枚、などが明日入荷。但し、書籍やリーフについては落丁や切抜き書込など、チェックに多少時間がかかりますので、来週よりぼちぼち、確認ができたものから棚に入れます。また、洋書図案集から、毛色の変わったところを来週改めてご紹介させていただく予定です。あ。先週予告だけしていた安斎重男オリジナル・プリント「ジョン・ケージ」(限定15部・署名入、於・高輪美術館)はこちらをご覧下さいませ…→☆