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10/04/01 どうしても今日でなければならない「バレエ・リュスと日本人たち」第12回アップ!


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『The Russian Seasons in Paris - sketches of scenery and costumes 1908-1929』は1988年、ロシアで発行されるも露文・英文併記。舞台美術と舞台衣裳デザインをクローズ・アップした編集。

■前回のアップから一週間も経たないうちに、本日4月1日、沼辺信一氏によるご連載「バレエ・リュスと日本人たち」の第12回をアップいたしました! 例えできていたとしても、普段なら今週金曜深夜のトップページの更新にあわせてアップするのですが、今回はどうしても今日でなければならないワケがある。さぁて、その理由とは …… というのは是非こちらで。 かつてこの日にご自身のブログ「私たちは20世紀に生まれた」でも秀逸な筆致で読者を煙に巻いた実績( 去年のこの日は私も騙されかけました…)をもつ沼辺氏、2月末日からほぼ“週刊”に等しいペースで続いたご執筆の日々は、全てこの日のためにあったのではないかとさえ思われるこの度の企み、これもまた氏ならでは高等な遊びといえそうです。とはいえ、次々と出来したに違いない難事を次から次へと見事クリアし、この日に合わせて上げられたのにはもはや「感服いたしました。」の一言しかございません。今日はエイプリール・フール。あ。ご連載の内容には決して嘘偽りございませんのでその点どうかれぐれも誤解のなきよう……。
ついでに1冊、本のご紹介。画像は1988年ロシアで発行された『The Russian Seasons in Paris - sketches of scenery and costumes 1908-1929』。函入の少し横に長い大判、そして全ページアート紙使いのためかこれがやたらに重い。さすがはロシア、重厚長大です。巻頭のテキストページは2色刷り、図版のページは全てフルカラー印刷。バレエ・リュスの活動を年別に追ったもので、テキスト、キャプション等全て露文・英文併記。タイトルにある通り、舞台美術と衣裳に関する平面画 - プログラムなど印刷物の図版もありますがもちろん平面。テキストに付随する解説図版も写真なし、コクトーのスケッチなどが採られていてあくまで平面画 ばかり- で構成されているのが特徴で、その分、類書では他にあまり見かけない図版、多数です。もう1冊、在庫目録No.1859も今回のご連載に関係の深い1冊ではありますが、さて …  仔細はご連載をお読みいただいてからがよろしいようで。

10/03/27 「バレエ・リュスと日本人たち」ご連載第11回アップ ! ベルリンでの青春も終幕、一方牡蠣を追いかけ欧米行脚する男ひとり、料理書はフランスから、イタリアのフォトモンタージュは必見 (…何が何やら)


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牡蠣の養殖技術開発に功績を残した妹尾秀実旧蔵、欧米渡航のスクラップ帖。渡航各地で面会した人物などからは、資料的意味あいが読み取れる可能性も。日時・足跡順ではなく紙片の種類別に几帳面に整理されているため、エフェメラ・コレクションとして見ても魅力的。

■昨日・3月26日(金)付で、沼辺信一氏によるご連載「バレエ・リュスと日本人たち」の第11回をアップ(→ここから)いたしました! 2月末より、ほとんど“週刊”ともいえるペースで書き継がれてきた「ベルリンの青春」もいよいよ最終章。イサドラ(イザドラ)・ダンカンが若き日の4人の日本青年に何をもたらしたのか - 日本の芸術家たちのスタート地点が、その後のダンカンの悲劇的人生のスタートと重なるかのようにして終わる見事な幕切れとともに - どうかみなさま、是非ご高覧下さいませ!
山田耕作、斎藤佳三、伊藤道郎、そして小山内薫がベルリンで青春の日々を送っていたのとちょうど同じ頃、欧米各国を訪れた日本人の残したスクラップ帖が奇しくも今週の新着品の1点目となりました。この手の記録、よくよく見ているうちにどのような人物がどのような目的で渡航したのか、大枠のところならたいていはつかめるもの。このスクラップ帖も眺めているうちに分かるはず …… ややや。何だこれ。分からない! 鉄道等交通機関のチケットと名刺とで貼り込まれた紙モノのほぼ90%、それだけならまだしも、旧蔵者が - 美観の点からか、もっと具体的な整理目的があったからか - 時系列を完全に崩して再構成しために、本来見えてきてよさそうな道筋がブチブチ切れていて見えてこない、というのがその原因。ここまで手掛かりがつかめないというのも珍しい。あっちを繰りこっちを繰りしてはっきりと確認できたのは、概ね1912年から1914年までの間の欧米各地の渡航記録であることと、旧蔵者の名前が「Seno Hidemi」と目されること、くらい。アメリカ各地で新聞記者と会い、モナコではカジノで遊んでるし、何の博士かは分からないもののDr.の肩書の名刺が多く、何だか渡航先の日本人の歯科医師の名刺も複数あるし、歯でも悪かったのか牡蠣ばっかりよく食べてるなぁ - って、いったこれのどこに脈絡があるというの! こりゃ単なる道楽渡航としてでも片付けるしかないな、と思いつつ、ま、念のために「セノ(オ) ヒデミ」で検索してみよ。


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左上は背と表紙平。無刊期だが、1909年発行分と同じ装丁。その下・見開きは鴨、鳩、若鶏のロースト時の鳥別肉のたたみ方(=処理法)の図解。品種によって微妙に異なる。右上・見開きはテーブル・セッテングとサービスする順番を示した図解。個別の皿が用意されるロシア式。その下、エドワード・ゴーリーの絵本にでも出てきそうな鳥が並ぶ図は“ひばり”のローストの下準備。とてもかわいい。だが、実は串刺しの図。

………と ! これが !! 分かってしまったというIT革命おそるべし。旧蔵者は妹尾秀実という人で、 「いかだ式垂下方式」とかいう養殖技術の開発で牡蠣養殖の繁栄の基礎を築いたひとりだということで、斯界では名の通った人物らしく。1913年、芸術を求めて海外に渡った者が居たかと思えば、ひたすら牡蠣のことを考えて欧米を訪ね歩いた者がいたという、そのことだけでももう十分面白いものを見せていただいたような気がします。最初は「余計なことを」と癪のタネだった紙片の再構成も、こうして見るとなかなか美しく「やはりこれでなくっちゃ」と思えてくるから現金なものです。しかしながら、冗談ではなく、エフェメラの集合体として見ても十分魅力的な一冊となっていること、間違いございません。
■しかし牡蠣ですか。牡蠣とはねえ。あまりに無縁。いつもこのページをご覧のみなさまみはそうお思いかと拝察いたします。ところがどっこい。お次は料理書につながるという小店の幅広さ(ほんまかいな)。『La Cuisiniere Cordon blue de la Famille』(=コルドン・ブルーの家庭料理)。いうまでもなくフランスで発行された料理書。刊期の記載がないのでAbebooks.comで調べてみると、どうも1909年初版発行と同じもののよう。著者はAnnette Lucasという人で、日本では料理学校名として夙に知られるコルドン・ブルーという言葉ですが、フランスでは美食を指す言葉でもあるようで、タイトルはむしろ後者から採られたものではないかと推察します。それにしても何故に小店が料理書を扱おうというのか。その理由は是非、画像をご覧下さい。実は料理書、道具ゴム印やら印刷物やらにするとカワイイだったりヘンだったりオモシロイだったりする図版の宝庫で、例えば画像でもご覧いただける鳥のたたまれ方(?)やしばられ方ひとつとっても鳥の種類別にいくつもいくつもあり、しかもいずれもトボケたい~味出してます。図版の種類は調理道具からあらゆる肉類各種(ウサギ、カエル含む 。さすがフランス)、魚介類、菌類はいうに及ばす、テーブルセッティングに盛り付け方にと536頁に220図を収めたこの料理書、どのように料理するかはお求めいただいた方次第という、二重の意味での料理書であります。はい。


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ページによってムッソリーニの言葉が添えられる1938年版ダイアリー・ノート。バランス感覚が不思議な前衛的フォト・モンタージュ多数。余白部、日付部分などレイアウト・バランスは絶妙。表紙は総革装、見返しはシルク生地を使うなど、贅をこらしたつくり。

■牡蠣にも鳥の串刺しにも関係なく、本来ならこちらが小店の本流であるべきであろうと本人も多少は自覚はしている今週の3点目。『REGIO ESERCITO ITALIANO』は扉に「CALENDARIO DEL REGIO ESERCITO Anno 1938」と記されており、つまりは「偉大なるイタリア軍の1938年カレンダー」、1938年のスケジュール兼ダイアリー・ノートです。A4判の縦を短く幅を広くした比較的大判で、表紙は本革装・銀箔押し、見返しはモワレ柄のシルクで両端に銀彩、ダイアリー部分全頁にコロタイプ印刷による写真が入った非常に贅沢なもの。写真はフォト・モンタージュ、コピー、エブラシ修正など、ここまでやるかという合成と修正が重ねられ、しかも戦時下にあってこの国だけは歩みを止めることのなかったアヴァンギャルドな表現多数。プロパガンダといえばナチス・ドイツ、革命後のロシア、そして日本の東方社、日本工房と、すでに眼のゆき届くようになった現在、しかしまだイタリアにまで眼を配っている方はあまり多くないようで、この辺り、小店としてもまだまだ勉強の途上でありますが、正直にいってイタリアもの、少なくともナチスよりはずぅーっとセンスがよろしいのではと思う次第です。今週はこの他、「オマージュ 瀧口修造展」を多数含む佐谷画廊等図録11冊一括、美術展覧会の芳名帖3冊、コラージュに最適の古い古い紙の黄ばんだ楽譜類がダンボール1箱、などが新入荷。そして大モノ1点につきましては画像をとるのに一苦労、なので来週改めてご案内させていただきます。

10/03/20 かつてない振れ幅での新着品2点 = アール・デコの彩色プレート30点と戦時下日本・男子児童の絵日記・絵巻物仕立て(?)


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1930年、パリで発行されたE.S.セギュイによるアール・デコ図案集『PRISMES』。未綴じのプレート30点は全てオフセット印刷にポショホールの手法で彩色を施したもの。本来40点で揃いであり、テキスト部分も欠落しているため、今回入荷分は店頭でのバラ売り。

■当ページのマンネリ打破は依然棚上げのまま、今週も新着品のご案内の日がやってきてしまいました。「はぁ。」と溜息なんぞも交えまして - 最初はアール・デコ・スタイルも明快な図案集『PRISMES』。画像左端のポートフォリオに未綴じ・40枚のポショワールのプレートを収めていたはずのものですが、当品ではこの内10枚が欠けた全30枚。本来備わっているはずのタイトルとテキストのページも消え失せており、刊行年は不明。プレートをよぉーく見るとオフセット印刷の上からステンシルの手法で色を加えている様子、とすると1925年から1935年あたりの刊行ではあるまいかとあたりをつけ、Abebooksでケンサクしてみると …… 案の定出てまいりました。世界はひとつ・情報は陸続き。本当に便利な時代になったものです。ええ。まあそれは兎も角も、肝心の刊行年は1930年と判明。一方、著者であるE.S.Seguy(E.S.セギュイ)という人は、アール・ヌーヴォーからアール・デコ期にかけ、とくに蝶や昆虫など自然をモチーフにしたグラフィックおよびテキスタイル・デザインでその名を知られていたもよう。泰西流行と見れば知られた名前だろうが紙の切れっぱしからだろうが当然のようにドシドシとり入れていた本邦図案家諸氏、当品ポートフォリオには「本所向島 レンボゥ図案社」のスタンプとともに“昭和6年5月11日”の書き込みが添えられており、遥かフランスより同時代に導入されていたこと、どうやら疑いなく、欠けた10枚はマッチ・ラベルか手ぬぐいか、いずれにしても有効活用され、向島界隈で流布したのではないかと推察いたします。ところでレンボゥとは何ぞや、と考えるに、レインボゥ=虹のことではないかと思われ、とすればレインボーにプリズムとは、さすがは向島、なかなか粋な図案家氏ではなかったかと思う次第。もひとつ肝心なことを。こちらの商品、プレート元欠のため、店頭でのバラ売りとさせていただきます。プレート好きの皆様には、是非、ご来店のほど冀い奉りまするぅ~。←アップ途上でただいま午前2時をまわりました。


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川崎駅近辺で暮らしていたと思われる小学校児童による夏休みの『絵日記』は和紙に水彩・墨筆、横に長く貼り合わせた巻物仕立てで、2年分・各一巻。ためらいなく伸び伸びと描かれた絵と、奇を衒わない素直な文章で、戦時体制下にあっても失われなかった子供らしい感性に満ちている。

毎週新着品を概ね2点、多い時で3点ご紹介するにあたっては、品物を選ぶのにこれまで多少の連関性なども考慮してまいりました。が。どうしても・どう考えても・繋がりのカケラさえ・見つけられなかった今週の2点目です。こちらは巻物。といっても立派な古典籍とか絵巻物とかとはもちろん違って、子供の夏休みの『絵日記』という …… 市場では珍しく女性古書店主が3人もほぼ同時に足を留めたのが当品の前だったという …… (以下しばらく市場での会話の再現) 呂古書房さん「あら。かわいいわね。」つづらやさん「あ。おもしろーい。」ニチゲツ堂「お、面白いですよねぇ。とりあえず、札、入れときました。」呂「いつ頃のものかしら。」つ「海軍会館に行ってますね。防空壕も出てくる。」ニ「… 戦中。ですか。ですね。ははは。」呂「珍しいわよ。これ売れそうよ。」ニ「う、うれ、売れますか。」つ「そう思います。」ニ「い、いまこれくらいの(ここで金額を示す)札入れてるんですけど。」呂「○×△くらいで売れなぁい?」つ「売れそうですよねぇ。日月堂さん日月堂さんしかも!これ! HP更新の時に書けることいっぱいあるし!」ニ「!!!。あっ、改めますっ。」…… といった経緯で落札。確かにここまでだけでも書くことはいっぱいありました。ネタとしては上出来です。『絵日記』は7月下旬から新学期の始まるまでほぼ毎日書かれたものが2点。明らかに上達の跡が見られる1点の方に、「五-二 明石健」と記されているので、小学校(国民学校)五年生・男子児童の手になるものと分かります。川崎、桜木町、日本鋼管、8月3日にお祭りのあった稲毛神社など、日記に出てくる記述を総合して、当時、明石くんは現在の川崎駅近辺で暮らしていたと推測されます。川崎市が初めて空襲を受けたのが昭和17(1942)年、日記にはすでに防空壕が現れていること、描かれた国民服のスタイルや、川崎市が昭和19(1944)年から小学校4年以上の集団疎開を行ったことなどから考え併せると、この2点は早くても昭和15~16年、どんなに遅くとも昭和19年以前に記されたものと見られます。「八月一日  今日は米屋に行った。米屋でゴハンをたべていた。」という記述に、当初は「企まざるユーモアか?」 と笑っていたのですが、時局がらみで見るとしかしこれ、お米屋さんの告発となっていた可能性も出てくるわけで、そう思うと途端に笑えなくなりました。まずいゾ明石くん。


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蘆谷蘆村著『童心の小窓』昭和4年京文社発行・再版。著者はキリスト教伝道師を目指した後、詩作・児童文学研究に転じる。児童文学研究の当書中にも、ワーズワース、西行などに関する小文があり、全体に非常に高邁かつ精神性の高い印象。

プールに行き、臨海学校に行き、防空壕も遊び場に変え、靖国神社の鳥居の大きさに驚き、お母さんと一緒に行った病院では「ぼくは九時にねないのでげんこつをはらわ」れたりする明石くん。一人で郵便局に行けば何か書き足りないことがなかったかと心配し、友達と二人して大きな木のてっぺんに登りまぶしい光のなかで落日を見送る明石くん。道具立ての点では確かに戦時下を映しながらどこか、昭和の頃にはどこにでもいた子供のひとりのようで、そして、この当時の子供ならどこにでもあった夏休みの過ごし方のようでありながら、けれど、この絵日記は誰のものとも差し替えることのできない、唯一明石くんだけが残すことのできた記録です。明石くんの夏休みの物語は、二巻合計十数余メートルの和紙の上、幾多の戦災を潜り抜けて残されました。丹念に施された補修の跡が、差し替え不能な物語を、さらに重い、重いものにしています ……と感傷にひたるのもいいのですが、それにしてもなぁ。呂古さんからもつづらやさんからも、指摘がなかったのは何故だろう。「どんな方なら買ってくれる」というその指摘は一体どこに…… それって一番肝心なことじゃあないのかニチゲツ堂。こんなものを買ってしまうとその延長線上でつい買ってしまったのが画像3点目蘆谷蘆村著、昭和4年京文社発行の再版『童心の小窓』はタイトルと、恩地孝四郎の装丁なもので、ついつい。この他、コクトーの翻訳をはじめとする戦前の黒っぽい書籍があと10冊ばかり、白っぽいところで学術書が10冊程度の新入荷、今週はいずれも相当年数在庫となりそうなツワモノ揃いの新着品でありますあっはっはっ! ← こういうのも「焼け有」といいたい。

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