■連休中ですが市場は今週いつも通り開かれて、不思議なことにいつもより多くの古本屋さんが集まっていました。にも関わらず出品はいつもよりずっと少なめとあって競争は厳しく、相手の札を突き上げるところまではいっても落札できたものは僅かなものとなりました。早速ですが、その僅かななかから、今週も新着品のご紹介です。
最初の画像に写っているのはタテ2cm、横7.8cmという小型の冊子。表紙には金箔押しが薄く残っていて『明徳商会 広告印刷実物見本』とあります。広告の「実物見本」にしては随分小さい。どれどれと手にとって開くと折帖の5面に各1点、二回りほど小さい印刷物が貼り込まれています。最初の1面には「明徳商会」という会社名と日暮里の住所、そして「実用新案登録」の「電車釣革広告器営業部」と書かれた短冊が貼り込まれていて、ああなるほど、電車のつり革の部分に掲示する広告の見本だったのか、と合点がいきます。広告は全て平版多色刷、コピーは「ストラップ広告」=つり革広告用の文案をあてこんだものですが、“花も香も人に知らせん ストラップ広告”と調子もよろしいようで。大正末か昭和初めの頃のものと思われるこの冊子を手に、当時の鉄道や路面電車の車内の様子を - 写真で見る限り、そこは常に無彩色の世界です - こんなに鮮やかな彩が与えられていたのかと想像するのもまた楽しいものです。
ところでこのつり革広告というもの、以前は私もよく目にしていたような記憶があるのですが、そういえばいつのまにか見かけなくなりました。その代わり、ということなのかどうかはともかく、JRの新型車両などではモニター画面が広告の多くの受け皿となりつつあるようです。広告の多くが紙やフィルムに印刷された実体のあるモノから、モニターに映し出されるデータへと置き換えられていく時代に入りましたが、しかしこの、ふと気がつくと電気を使わされている場面が是非を問う間もなく増殖していく状況というものを、本当に必要なことなのか、何だかおかしくはないのかと、一度は疑っておきたいと思う2011年です。
左より 1点目/表紙 2点目/「R.U.R.」初演時の舞台装置写真 3点目/カレル・チャペック監督「泣くサテイル」の舞台装置 4点目/2010年早稲田大学演劇博物館・展覧会リーフレットの表紙 上半分の図がフォ氏による舞台装置肉筆画
■この新着品のご案内で再入荷品を取り上げるについては忸怩たるものもあるのですが、しかし多少は意味もあるのではないかというので今週の2点目は『舞台建築』。この前扱ったのが …… あった、ありました2008年11月14日(→こちら)でいまから約3年前のことでした。「建築家 ファイアースタイン」ことチェコ出身の建築家にして画家、舞台美術家であるベドジフ・フォイエルシュタインが来日前に手掛けた舞台の仕事について、カレル・チャペックの「R.U.R.」- つまり「ロボット」! -の1920年初演時の舞台装置をはじめ、チェコで上演された種々の舞台装置の貴重な写真図版をまとめた当品については、この時に最低限必要なことは書いているようですのでやはりこちらをご覧いただくとして、以来今日までの間、2010年には早稲田大学演劇博物館で「チェコ舞台衣裳・デッサン展 現実から想像へ」が開催されるということがあって、建築家として聖路加病院やライジングサン石油ビルなどにたずさわった来日の後、チェコに帰国、1936年にわずか44年で自ら命を絶ったフォイエルシュタイン氏の「R.U.R.」の舞台装置肉筆画が初めて日本に迎えられ、実に90年という時間を経て、日本で出版された『舞台建築』とともに展示されるという、草葉の陰の もとい 天上の フォ氏をしてきっと喜んでくれたに違いない邂逅などもありました。ちなみに画像左から2点目は上下とも『舞台建築』所収「R.U.R.」初演時の舞台装置の写真。その右隣は演博「チェコ展」リーフレット表紙で、上二分の一が下の写真の舞台装置の肉筆画。ここでもちょっと並べてみました。画像中残るモノクロのもう1点の画像はやはりカレル・チャペックを舞台監督にフォ氏が装置を手掛け、チェコで上演された「泣くサテイル」の舞台装置写真です。
フォイエルシュタインは1924年から1926年の間、パリのオーギュスト・ペレの元で働き、1925年にはパリ万博=アール・デコ博にプラハで手掛けた「エドワード二世」の舞台装置を出品(当書所収)したり、バレエ・スエドワの仕事も手掛けています。チェコでは舞台の、パリでは建築と舞台で、日本では建築の、それぞれしっかりとした成果を残しながら知名度がいまひとつなのは、他人事ながら何だか悔しいフォ氏のこと。ウィペディアと演博のリーフレットとの間には事実関係の記述に齟齬が見られるなど、研究はまだまだこれからだと思われます。『舞台建築』再入荷によるご紹介が、少しでもどなたかのご興味に繋がれば望外の幸せというものです。
■随分長く東京で暮らしてきましたが、身の危険を感じるほどの台風というのは、通学路の途上、善福寺川が溢れるということがあった中学時代以来のことではなかったかと思います。都内では再び「帰宅難民」という言葉がニュースで使われ、被災地にはさらなる被害をもたらした台風15号に、またしても、文明などでは太刀打ちできない自然の脅威というものを思い知らされました。2011年という年は、自然のもつ圧倒的な力を、人間の傲慢や愚かさとともに、深く心に刻む年となりました。せめて残りの3ヵ月半がおだやかに過ぎていってくれるよう、祈らずにはいられません。 なんてことをいいながらですね、一方では、副題の通り旅の間の読み物を集めた雑誌『道中読物 はたご』4冊なんていうのを買っているのですから、我ながら現実感に乏しいというか何というかええぇ ……… (そのままフェイドアウト)
■昨日の市場には、どうやら戦前のドイツと何かご縁のあったと思われる方の旧蔵品がちらほら。分野もボリュームもどこかに偏るといったところがないため、どうした関わり方だったのかがいまひとつ分からないなかで、1口に最も層厚く積んで置かれていた(?)のが楽譜のヤマでした。100点以上はあろうかという古い楽譜のほとんどが、キャバレーの出しものやオペレッタの中で歌われた歌曲、ミュージカル映画のナンバーなど、「歌」のための楽譜で、(1)1910年代後半~1920年代初めのドイツ・ベルリンで発行されたもの、(2)1930年代のアメリカで発行されたもの、(3)その他、という大きく3つから4つのグループに分けられそうです。画像は(1)の頽廃色濃いドイツで発行された楽譜のグループから、とくに表現主義風のイラストが採用されているものを選びました。
ご存知のように、日本にいち早くヨーロッパの前衛芸術を伝えたひとりである村山知義がドイツに渡っていたのが1922年から1923年にかけての1年間。画像のほぼ中央、女性舞踊手の姿と、この当時としては斬新すぎるほどのタイトルから、村山が興味を示してもよさそうな「ELECTRIC GIRL」について調べてみると、楽譜と図版が共通のポスターが1922年に作られていることが分かりかりました。奇しくも村山がベルリンに滞在していたのと同じ年、街角ではポスターが人の目をひき、楽譜に載って街中にも漏れ出していたであろう「ELECTRIC GIRL」。村山が過ごしたベルリンの夜のなかには、この曲に耳を傾ける一夜があったのではないかと、ついつい想像を膨らませたくなるのです。
このドイツの楽譜についてはもうひとつ、今回落手した楽譜のなかでも大胆な画面構成と頽廃の気で一際目をひく表紙画を描いたイラストレーター、サインによるとORTMNNなる人物についても、大いに気になるところです。
あ。今回入荷分については主に国別で分けてグループ毎に販売の予定。アメリカ・グループは主に1930年代ですが、ジェローム・カーンの「A FINE ROMANCE」、ジェームズ・ロジャーズ&ロレンツ・ハートによる「Where or When」など、こちらもなかなかに魅力的なラインナップではなかろうかと。
■飛行船関係は絵葉書に至るまで、日本の市場では高くて買えない。出品機会自体も少ないし、一生買えないかも。と思っていたのですが、そんな厄もこれで落ちてくれるでしょうか。『LZ 126』はサブタイトルにもあるように、キャプション入りの厚い台紙に紙焼き写真を貼り付けた20葉と概要1葉の全21葉によって、ドイツ・ツェッペリン社の飛行船LZ 126号の制作から飛行までをまとめたもので、1925年に刊行されました(但し、奥付なし)。20葉に見る飛行船は、その圧倒的なボリューム感、それを支える鉄の構造体の精緻な美しさに、改めて感嘆します。「LZ 126」は - 1929年の世界一周飛行成功など輝かしい成功を収め、今日に至るまで知名度もずば抜けている - 「ツェッペリン号(=グラーフ・ツェッペリン、LZ 127)」の姉妹船で、LZ 126の方がお姉さん。第一次世界大戦の賠償の一部としてドイツからアメリカに譲渡されたLZ 126は、アメリカ海軍に所属すると「ロサンゼルス号」と呼ばれ、練習船などとして利用されたそうです。
ちなみに「LZ」はLuftschiff Zeppelin"(ツェッペリン飛行船)の頭文字、今回、初めて「ツェッペリン飛行船一覧」というのを眺めてみたのですが、1909年の試作機「LZ 1」から1940年、ゲーリングの命令によって解体されたLZ 130まで、実際に完成・運行された119機のほとんどが、破壊、撃墜、墜落、廃棄、焼失、行方不明といった言葉で姿を消しているのを見ると、第一次世界大戦の前後という、飛行船が誕生した時代による不運を思わざるを得ませんでした。大きな体躯で隠れようもなく、機敏な動きからも遠く、さらにあらゆる点で効率も悪かったらしく飛行船に元来軍事利用は無理というもの、平和な時代の優雅でのどかな飛行こそ相応しいのだと思います。コンコルドが完全引退してまったいま、生きてるうちに一度でいいから、せめて飛行船には乗ってみたいという夢くらいいつか叶えたいもんだがしかし、先ずは店でのんびりしたいと思う夏バテ気味の日月堂です。もう暑いのはイヤだほんとうに。
■今週はこの他、ゲブラウス・グラフィーク5冊、戦中中国写真集1冊、洋モノ自動車パンフケット1冊、芸術文化および人文系書籍、評伝など白っぽい書籍が久しぶりに100冊ほど入荷、現在棚入れ作業中です。
■良い古本屋さん、と呼ばれる方たちの多くは、市場で、下札と云って自分が入札した最低の価格で落札できると「ラッキー!」だと思われるようです。確かに、下札で手に入ったということは、頭の中にあるはずの売値と最も開きがある、つまり最も利益の幅が厚いことになるのですから、当然といえば当然なのかも知れません。良い古本屋さんというのはつまり、自分のところに必要な商材に関するしっかりとした価値体系を持っておられるわけですね。ところが。これがいつまで経っても行き当りばったりで、しかも肝っ玉の据わらない小心者で、そのくせ、可能な限り初めて目にしたもの、つまり売るにも買うに勘だけが頼りというものからついつい札を入れてしまうワタシの場合、落札が下札だと分かった途端、「やや、ややや。もしかしたら見込み違い? 二番札粉砕のぶっちぎりでしたか? それとも復刻版、出てたりします? いやいや単に私の見込み違いかも… 」と急に慌てはじめることになります。毎週このページをご覧下さっている方々には申し訳ございませんが、こんな古本屋のどこが一体良い古本屋でありましょうか(←こればかりは冗談にもなっておりません)。
で、今週です。これには落札した途端に慌てました。『SHANGHAI』。上海バンドにあったNorth-China DailyNews & Herald 社発行の絵本のような上海案内の本です。無刊期ですが、記述から推察して1930年代半ばの発行と思われます。写真及び文章とデータなどをまとめたのはEllen THORBECKE、洒脱なイラストはSchiff(シーフー)によるもので、二人の共著による大人向けの絵本といった体裁・内容となっています。Schiffという人には、確か他にも上海を舞台とする風俗諷刺のイラスト絵本があって、何度か目にする度に入札してきましたが、いつも他店さんの壁に阻まれ落札できた試しがなく、しかし私としては初見のこちら『SHANGHAI』の方が、新興写真調で上海の街と風俗を写した写真よし、よりデザイン化されたタッチのイラストよし、罫線を活かしたレイアウトよし、イラストとの組合せも自在な組版よし…と、件のSchiff単独のイラスト絵本より格段に上の評価となり、日月堂にはあっちのシーフーよりこっちのシーフーを! という思いが余って前のめりで入札してしまいました。結果、下札での落札。何故だ、あっちのシーフーより安いのは ! ああぁ~ワタクシやってしまったのかぁ~。とかなり暗い気持ちでパソコンに向かい著者のEllen THORBECKEとSchiffについて色々とケンサクしてみた結果、辿りついたのが香港ガイド専門サイト(こちら)でした。
こちらのサイトによればシーフーはフルネームをFriedrich Schiffというオーストリアのイラストレーター・漫画で、中国および極東で新聞や雑誌、書籍、広告などの仕事についていたそう。共著者であるEllen Thorbeckeはドイツの女流報道写真家で1930年代の中国で活躍、カメラはローライフレックスを使用していたのだとか(情報が細かい)。そして、あ、あっ、ありました。彼らの手掛けた本に関する記述の中に、“very rare book”の文字が …… っていうとこまでこないと「買えてよかった(かも)!」と思えない自分の小者ぶりをまずどうにかしたいです。
■2点目は先週に続きフランスの限定本となりました。が、挿絵本でも随分印象の異なるものです。『IMAES DE LA LUNE』はハンス・アンデルセンのテキストに、ピエール・マッコルランの序文を据え、アレクサンドル・アレクセイエフによるオリジナル銅版画30葉を添えて、マクシミリアン・ヴォックスが書体選定・組版設計及び章頭・章末飾りを手掛けて、1942年に限定995部が発行されたもの。当書はその内の320番で、M・ヴォックスの署名が入っています。挿絵を手掛けたA・アレクセイエフは、現在ではピンスクリーンという技法を開発したアニメーション作家としての名前の方が知られているようですが、出発点はもちろんこちら、挿画の方。当書所収の挿画は、youtubeで見られる「鼻」などのアニメーション作品と明らかに同一人物の手になることがよく分かる、実にアレクセイエフらしいもの。また、全体を大変瀟洒に、過不足なく見事にまとめあげたマクシミリアン・ヴォックスの手腕も特筆すべき出来栄えです。挿画というよりアレクセイエフの作品に、挿絵本というよりタイポグラフィ(= 欧文組版とグラフィック・デザイン)に、より多くのご興味をお持ちの方のツボにはきっとはまるはずです。
■今週はこの他、日本人写真家の展覧会図録9冊、洋書絵本4冊、黒っぽい雑本約40冊、あと勘違いから実に12年ぶりくらいでサブカル系の王道モノ・渋澤龍彦などの書籍28冊などが明日、店に入荷いたします。