■あの「3.11」から、1年が経とうとしています。
大震災のあった3月11日のことを、私は、その日付よりもむしろ、3月の第2金曜日として記憶することとなりました。第2金曜日は毎週必ず出掛ける明治古典会と、月に1度の東京古書組合南部支部の入札会とが開かれる日にあたります。
その日から昨日でちょうど1年。1年前の今ごろ、私は、終日運転休止を知らせるアナウンスの声だけが響きわたるJR五反田駅の高架にそって、目黒川の方に向かって歩いていました。桜田通りから少し脇道へ入ると、一向に動かない自動車の列も、歩道を行く人の行列も、きれいさっぱり消え失せて、静かな夜にひとり、暢気な散歩でもしているような、そんな錯覚さえ覚えたものです。あの夜歩いたその道は、けれど、それ以前とは確実に隔たり異なる時代へと通じていました。
例えば - 人間は信じるに足る存在だと心の底から思うことのできたベルリンの壁の崩壊や、戦争の時代の到来を確信しながらテレビ中継を見つめるしかなかった9.11や - 半世紀も生きていれば、歴史が大きく旋回する瞬間というのにもそれなりに出会うものだとは思ってはいましたが、けれど、たった1日で歴史が変わるという知見を- 被害者であることを免れた私には、精一杯のところせいぜい知見と云うに過ぎないのですが - あれほどはっきりと、痛烈に叩きこまれたのは、2011年3月11日が初めてのことでした。 今日から明日へ、間違いなくつながっていると思っていた日常や、そうした日常が連綿と続くとばかり思っていた時の流れというものを、「震災→復興」という直線距離で取り戻せない厄介さによる閉塞感が、今もなお、少なくとも本州の北1/2を覆っているように思います。
依然として困難な状況に置かれている方々には、一日も早く、かつての日常を取り戻すことができますように祈念申し上げます。 無責任で尊大な企業と、企業となれ合う自治体やメディア、そして全てを選挙向けの政争へと回収してしまう政治によって、責任の所在も明確にされないまま運営されているらしいと分かった原発が、一日も早く全て停止されますように。 瓦礫の引き受けの方は断固として拒否できる程度に軽くなってしまった「絆」とか「つながる」といった言葉が、いつか言葉本来のもつ重みを取り戻せますように。 正確な情報のありかが常に、海外だけではなく国内にもありますように。 日本が、先進国と呼ばれるに相応しい内実を伴う国であることを、疑うのではなく信じられますように。そうした日が、1日も早く、ひとりでも多くの方の上に訪れますように……。
■昭和9年7月・日本建築協会発行『建築と都市 都市武装特集』は、この年、日本建築協会が企画立案した「都市武装促進運動」の一環として行った、都市武装に関する論文とポスター図案のコンテストで入選した作品を掲載した特集号です。巻頭の関係者による16篇の講評の内4篇が陸軍関係者によるもので、日本の都市部への空襲が激しくなる昭和19年よりさかのぼること10年、当時すでに都市部への空襲を、軍部を含め関係各所が想定していたことを示しています。表紙はポスター図案の第1等になった大阪・商業美術社によるもので、他にも本文頁中にモノクロで入賞作を紹介。論文は1等となった山口儀三郎「都市武装」から佳作までの7篇で、都市計画に関するものから、防火・耐性など建造物に関するものまで、それぞれデータや図版とともに論述されます。中には京都の中心部の武装構想をまとめたもの(3等第2席・図版右)、ロンドン空襲による爆弾の跡を東京中心部の上にプロットし直して見せたもの(佳作)など、素人目でいま見て面白いものも。
4年のうちに70%という首都直下地震の確率が本当かどうか怪しくなってはきていますが、いずれ来ることはほとんど間違いない大変アブナいところであるTokyoの住民のひとりとしては、オリンピック誘致にまた莫大なお金を注ぎ込むくらいなら、「震災武装都市構想」でもぶち上げてもらった方がよほどマシ。と思ったら当誌には「南海道沖大地震の謎 及 北西大阪地塊の慢性的運動(要約)」なんていう記事まで載っていました。どんな時代にも、いつの季節にも、何かに備えておかねばならないのが、日本列島の抱えた宿命ではないでしょうか。
■都市武装の必要性を啓蒙しなければならない状況が将来されるちょっと前には、暗さも貧しさも厳しさをも含め、都市の細部にまで目を配り、そこから自分たちの生きている時代と社会の相貌を活写しようとする動きが盛んに見られました。今週、もう一口のご紹介は、都市とモードをめぐるそんな雑本のなかから。添田唖蝉坊著『浅草底流記』(昭和5年 初版)は以前とっくにHPでもご紹介したもの…とばかり思っていたのですが、これはどうもまだだったようで。いずれも装丁がいかにもこの時代・このテーマに相応しい『前衛探奇実話蒐 愛欲ニ踊ル』(昭和6年 初版)および『唖蝉坊流生記』(昭和16年 初版 墨書署名入)という3冊での入荷です。
画像にとった『浅草底流記』は挿絵入、装丁のサイン「kinzo・T」と挿絵に添えられたサインを合わせると「廷金蔵」と読めそうなのですが、この人についてはいまのところ一切不明。「吼えろカフェー」「浅草朝から夜中まで」と、見出しに当時の前衛的舞台作品をモジったものや、「舌端をゆくもの」と夢坊の著書タイトルを思わせる食べ物屋の話などが並んでいますが、これら全篇微に入り細を穿った浅草観察の記録となっています。
著者代表でもある小生夢坊の名刺付き、『前衛探奇実話蒐 愛欲ニ踊ル』は、前年に出した『尖端をゆくもの』の好評に乗じ、南部僑一郎、吉野光枝など映画・演劇界の知己に詩人・佐藤惣之助までかり出して「売れる本」を目指したらしく、「こいき・ユメボ」名による「はしがきのこと」は「売れろ!売れろ!世界にくまなく売れろ!おお、うれし、みな『愛欲層に踊る ! 』」と締めくくられています。がしかし、この本、あまり見かけることがいないことを考えると、小生氏の熱い願いをよそに、あまり振るわなかったのではないかと思えてなりません。
上から3点目はベルリンの動物園の正門。象と象の間にオリンピックの五輪装飾が。その上、飛行船には「ヒンデンブルク」のドイツ語が読めます。ブランデンブルク門の横には大きな日章旗も見えて、この角度からの写真は他にあまり見たことがないように思います。
■3月に入りましたが、依然として寒い日が続いています。一方で、すでに花粉も飛び始めたとかで、街ゆくマスク姿の人たちの多くが、果たして風邪によるものなのか、はたまた花粉対策なのか、判別するのがむつかしいシーズンの到来となりました。昨年からはさらに、放射性物質対策という事情も加わって、春風でも吹けばむしろマスク着用率が高くなることが推測されるここ、日本国東京都より、今週も新着品のご案内を申し上げます。
■表側から中面まで、どこを見てもただの一文字もない個人のアルバム。旧蔵者は「写真にちらほら写っているこの人か?」という以外、手掛かりの一切がありません。その点では大層つまらない。けれど、被写体を見るとなかなか面白い。というのも - もちろん相当のお金持ちではあったはずですが、政治や外交、軍、スポーツはじめオリンピックの組織や人脈と一切交わらない - あくまで一般人による、1936年のベルリン・オリンピック観戦を主な目的とした渡航だったと見られ、アルバムに貼り込まれた六つ切りの写真50点の内、ベルリン市内のオリンピック関連装飾や日本選手団の入場、メインスタジアム上空の飛行船ヒンデンブルク号、フィールド競技、飛び込み競技などオリンピック関係の写真が10点と最も多い割に、どの写真をとっても全然ドラマチックなところもなければ、絵葉書や報道写真に見られるようなあざとさもない、ごくごく“フツウの写真”であることが、結果としてこのアルバムを他にあまり類のないものにしているわけですね - というのは果たして誉めているのだろうか貶しているのだろうか、いずれにしても墓穴を掘っている気がしてきたゾ。
………それは兎も角。折角の外遊をベルリンだけで済ませるはずもなく、ピラミッド、エッフェル塔、南仏、ベネツィア、アルプス地方、ニューヨークの摩天楼を経て、ホワイトハウス、ナイアガラ、インディアン居住地、ハワイ先住民と、無名氏の立ち寄り先がこれ1冊で一通り押さえられる構成となっています。
■昭和10(1935)年、日本の大学生が中心になって前年に結成されていた「日本英語学生協会」主催による「第2回 日米学生会議」の報告書にあたるのが『学生ノ見タAMERICA』。これが初見というので市場で目次を見始め、最初に目に入ったのが「久保貞次郎」の名前でした。当時26才の東京帝大生、「協同的文化建設への期待」と題し、アメリカのリベラリズムを讃える文章はいかにもこの人らしく、若き日の姿を写した小さな写真も添えられています。韓国の政治家として名前を残した金溶植も中央大学の学生として参加、「アメリカ人と政治」と題した文章を寄せています。指導教員として同行した早稲田大学杉森孝次郎教授、府立第一高女・石川しづ子を含め、参加者総勢47名の名簿には、西村伊作の娘・西村ヨネ、戸川秋骨の娘・戸川エマなど11名の女学生も含まれていました。
こうした名前が散見されることからも、この当時の学生は、国家が強いたイデオロギーに縛られない自由な精神でアメリカの大学生たちと交流していたのだろうと思うとこれがなかなか一筋縄ではいかないようで、ご興味のある方は現品に正面から当たっていただければ、その辺りのことも詳らかにしてくれるに違いありません。
■今週はこの他、1970~80年代、海外のギャラリーや美術館で開催された写真展のポスター約40枚(比較的小ぶりなもの多数)、『芸術的現代の諸相』など板垣鷹穂の著書3冊などが入荷いたします。
■先週1回お休みしたため、久しぶりの更新となりました。この間に市場で落札した品物が「眼鏡屋さんの視力計測用レンズセット」や「古印材(各種)」 - といっても実は既に彫られてしまっている印章や特殊活字 - 1箱などという、またしても古道具屋的ガラクタを含め15点。今週はその内2点のご紹介です。
1点目は表紙平ヴェラム革使い、背タイトル及び罫部分金箔押し、三方が茶系色及び金色のマーブル染めという重厚な、見るからに洋書らしい洋書『DAS MODERNE PLAKAT』。1897年、ドレスデンで発行されたドイツ語による「現代ポスター」を扱った書籍です。19世紀末といえば、ご存知の通り近代ポスターにとって第1の黄金期ともいうべき時代。ポスター画家として名声を博す一方、パリで自らリトグラフ工房を起こし石版多色刷ポスターを次々に制作、「近代ポスターの父」と呼ばれるようになったジュール・シェレから、ミュシャ、ロートレック、スタンラン、グラッセ、おおお、分離派もあるゾといったあまりに有名、とても高名な作品を、ポスター現物と同じ石版多色刷でどしどし刷って書籍の中に収めてしまったというもので、A4片面刷された収録作品点数は何と52点、ロートレックもスタンランもグラッセも、収録作品複数という椀飯振舞です。当文中ここまでに名前を挙げた作家の生没年を調べてみると、この本の出版当時は全員存命というのにもビックリして、ベル・エポックと呼ばれた時代の名実備わる豊穣を改めて思いました。テキストは国別に構成されているのですが、巻頭に置かれているのがこれまた驚くことに我がニッポン。ま、確かにジャポニスム花盛りの当時のこと、こうした扱いも頷けましょうが、しかし芝居の場面や火消しの活躍などを描いた浮世絵を、遥か西方の方々が一体どのように解釈していたのか、ドイツ語の読める方に一度是非読み取っていただきたいとも思います。
さて、この本の評価額ですが - 欧文タイトルと発行年とを入力して検索してみたところ、出てきました。トップに表示されたサイトを開いてみると、石版刷部分をプレートとしてバラ売りしているところらしく、これを合算していくと …… むむむ。あり得ない。あり得ません …… という額になりますので、ついフラフラとバラ売りしたくなる気持ちをグッと抑え、ぐぐぐぐぐっと抑えた上で、小店としての値付けでお客さまをお迎えしたいと思いますはい。
■絵葉書も在庫だけは充分あり、しかもなかなか減らない最近、それでも欲しいのは日本人の海外体験の手掛かりになる、使用済みの絵葉書です。市場ではコレクション用の大きなアルバムに整理された状態で出ていたため、一部使用済みがあることだけ確認して、あとはままよとあてずっぽうに札を入れ、落札できたのがこちらです。1935年から1938年頃までの「藤島敏男」という人宛ての絵葉書と、「藤島敏男」という人が「泰ちゃん」という自分の子供や家族に宛て出した絵葉書、そしてやはり「藤島敏男」という人が渡航中の日誌をその地の絵葉書に書きとめたもの、全て洋絵葉書で200枚弱。藤島敏男、なんていう名前に心当たりは全くなく、泰ちゃん、に至っては分かりっこないもんね。と多寡をくくりながらも、こういう時はともかく検索、検索あるのみです。「藤島敏男」→日銀監事、登山家としても知られる。「藤島敏男 藤島泰」→ 藤島泰輔。父・敏男、母・紀子の間に生まれる - ってはい? 作家の? 数多のアイドル要する某タレント事務所の方と結婚された? さらに傍証をと思って他に出てくる名前まで検索してみましたが、出てくるのは登山研究家や銀行関係がほとんど、やはり藤島敏男・泰輔親子の旧蔵品と見て間違いなさそうです。ううむ。検索というのはすごいもんだわなしかし。
1936年のベルリン・オリンピック、1937年のパリ万博、飛行船LZ129号、朝日新聞「神風号」世界一周飛行にちなんだ裃姿の小便小僧、そして、カッサンドルがデザインしたレストラン「プルニエ」の石版刷ショップカードなど、1葉で充分通用するものが含まれたこの一口、とくに日記にあたる部分など内容を把握するまで少々お時間をいただきます。悪しからずお待ち下さいませ。
■先に申し上げましたように、「眼鏡屋さんのレンズセット」や「古印材(各種)」に加え、ここのところ各方面から話題の『考現学』元版、1930年代英語版『VOGUE』数冊、戦中中国の写真帖、朝日新聞社発行・戦前英文グラビア雑誌で裏表紙を南満洲鉄道のカラー広告が飾る『PRESENT-DAY JAPAN』6冊、河野鷹思が表紙デザインを手掛けた『アサヒグラフ臨時増刊 新議事堂号』や『東京パック』など大判薄冊8冊、小紋裂貼込帖1冊、ハラルド・ゼーマンが芸術監督に起用され最も刺激的でありながら観衆の不興を買った『ドクメンタ5』(公式総合資料集)等々が明日午後には店に入ります。