■本日9月12日(土)の20時をもって、パレス青山207号室での小店営業は終了させていただきます。また、HPを通じての通信販売につきましても、当面の間、休止させていただきます。何卒ご理解を賜りますよう、お詫びかたがたお願い申し上げます。
日月堂は現在のパレス青山207号室から同じ建物・同じフロアにある205号室へ移転し、新たなスタートをきることとなりました。現在、10月10日~12日頃を目標に、パレス青山205号室でオープンできるよう移転準備を進めております。
移転先でのオープン日が決まり次第、みなさまにはHPやDMを通してお知らせ申し上げます。
オープンに際しては、これまで公開することのなかった収集品による、ささやかな展示即売企画の開催も検討いたしております。こちらについてもオープン日の決定とともにお知らせいたしますので、いま暫くお時間をいただけますようお願いいたします。
大岡山での最初の店で6年、パレス青山207号室で7年。店は今度で3度目となります。一応の増床を見る移転ではありますが、3度目ともなりますと-ましてやかような経済状況下-目出度いんだか目出度くないんだか、いずれにしたって有難味も薄れようというもの。みなさまにおかれましては何ら特別な構えなどなしに、205号室での新規オープン後もこれまで同様、何ら変わるところなくお訪ねいただければ、これに勝る慶びはございません。
「やあ」「こんにちは」-またいつもの、そんな挨拶から始まる時間が、再び動き始める日まで。しばしお暇をいただきます。みなさまどうかお健やかに、今度は205号室で!
■小店隣室で開催中の「Marche*マルシェ*Marche」も、5日(土)、8日(火)、10日(木)、12日(土)の4日間(各日12時~20時)を残すのみとなりました。田名網敬一作のオブジェ2点(現品限り)など今週新たに追加された商品もあり、一度といわずに二度三度、是非お出掛け下さい!
■お知らせはもうひとつ。まだ最終的な日程は出ていないものの、10月10日頃の移転先オープンを目標に準備も最終段階に入ります。突然ではありますが、移転準備に専念するため、現在のパレス青山207号室でお客様をお迎えするのは来週9月12日(土)までとさせていただくことといたしました。現在地での営業は、9月5日(土)、8日(火)、10日(木)、12日(土)・各日12時~20時の4日間をもって幕を閉じます。当HPでの新着品のご紹介も、移転先オープンまでの間、お休みさせていただく予定です(但し、沼辺信一氏によるご連載第5回は、9月末にアップを予定いたしております)。大岡山からこの地に移ってきたのが2002年の5月。以来、7年と3ケ月の間、予想もしていなかったさまざまなお客様にお運びいただくことができました。これまで何とか古本屋を続けてこられたのも、機縁を得、ご教示を賜り、或いは行く末を案じ、それでも小店をご信頼下さり、お買い上げいただきました、一人一人のお客様に支えられてのことに他なりません。甚だ略儀ではございますが、この場を借りて心より感謝申し上げる次第です。みなさま、本当に有難うございました。
移転先は現在と同じパレス青山のなか、現在と同じく2階、で、階段及びエレベーターのある側におよそ20歩程歩くと着いてしまうという驚異の至近距離、「パレス青山205号室」です。移転先では、こちらも10月7日にオープンが予定されている根津美術館の眺望も見どころのひとつ。もちろん、店の造作にも工夫を凝らしてみなさまをお迎えする所存です。また、肝心の商品についても、何かまとまったものをご覧いただければと、オープニング企画の準備に入ったところです。どうやらみなさん一番関心をお持ちの床の色が何色になるのか(ってまぁ分かりますがしかし一体どういう店だったんだか)と併せ、僭越ながら開店までのお楽しみとさせていただきます。
古書の世界でも実店舗よりデジタル空間の方が余程効率のよい営業形態となりつつある時代に、わざわざコストを割いて店を維持し続けることに一体どういう意味があるのか。店を意味あるものにするために、一体何を、どのようになすべきなのか。書籍と紙モノの移動で生じる混沌以上に、いまは私自身のアタマのなかが混沌を極めておりますが、ここまで来たら腹を括って、また新しい「店の可能性」を探っていかねばなりません。どうか旧倍のご指導・ご鞭撻を賜りますよう、引き続き何卒よろしくお願い申し上げます。
■現在地では最後の新着品ご紹介は、1967~1970年にかけて草月アートセンターが主催した映画上映会のパンフレット。A4判の3点は『ドイツ表現派映画回顧上映』の連続シリーズより、『第一期-フリッツ・ラング特集』、ラングの「月世界の女」やムルナウの「ノスフェラテュ」等が上映された『第三期』、「プラーグの大学生」や「巨人ゴーレム」等が組み入れられた『第4期・5期』で、デザイン・レイアウトは榎本了壱によるもの。今年日本でも大規模な展覧会が開催された表現派ですが、『第3期』にある田之倉稔の一文によれば、この当時、欧州で表現派を再評価する機運が高まり、1967年のヴェネチア映画祭でも表現派をテーマにシンポジウムが開かれ、このシンポの議長を務めたのがフリッツ・ラングだったとあります。自分が小学生の頃にはまだラングは生きていたのかと少々タジロギました。最近読んだもののなかに一部ヨーロッパの国では、ベルリンの壁が崩壊し冷戦時代が終結した1989年以降を「現代」に区分しているという記述が確かあって、「1961年生まれなんてのはもうすでに“近代のヒト”というべきなのであるかもなぁ」と思ったのをダメ押しされた気分であります。話は戻って残る正方形の『UNDERGROUND CINEMA-日本・アメリカ』は、この2ケ国の“代表作が並べて紹介”された初めての“画期的な試み”だといい、音楽に小杉武久、オノ・ヨーコも参加している飯村隆彦監督作品「リリパット王国舞踏会」や徹頭徹尾ピンボフィルムらしいスタン・ブラッケージ監督作品「アメリカの詩」、当プログラムの編成に関わった金坂健二の「アメリカ、アメリカ、アメリカ」などが上映されています。プログラムにはこれら上映作品の短い解説の他、ジョナス・メカスによる「アンダーグラウンド・シネマ第1宣言」やロバート・ブラウン、東野芳明の論考が採られています。画像にはとりませんでしたが、朝日ジャーナル後援、辰巳四郎、高橋治、上条喬久、鬼沢邦による『派兵展』のタブロイド判宣伝印刷物もあり、しかし一体何が行われたものかはさっぱり分からず、これまたもはや“近代の遺物”といえるのかも知れません。新着品はこの他にも柿渋紙に規則正しく細かい図案を切り抜いたの江戸小紋用型紙や……ややや、この続きは移転先新店舗でお目にかけます。
■次回のHP更新は今月末、沼辺信一氏による「バレエ・リュスと日本人たち」ご連載第5回をアップの予定です。その後、10月上旬頃には移転先のオープン日程について当HPでご案内申し上げます。といったわけでしばしお休みの間、みなさまどうかお健やかにお過ごしください。それではまた、店で、ネットで、お目にかかります!
■新着品の前に、本日8月29日(金)付で、当HP内「text」のページに沼辺信一氏のご連載「バレエ・リュスと日本人たち」第4回をアップいたしました。前回に続いて若き日の山田耕筰を主役に据えた「ベルリンの青春」の中編は、ベルリンでのバレエ・リュス公演で、山田が敬愛するリヒャルト・シュトラウスの姿を客席間近に見つけて……と、バレエ・リュスをめぐるいくつもの偶然に導かれた山田とシュトラウスの物語は「こちら」から、どうぞお読み逃しなく! それにしても今回のこの幕切れ、兎に角早く次回を読みたくなること請け合いですよ。
■ご案内をもうひとつ。8月25日(火)にスタートした「Marche*マルシェ*Marche」、残る日程は明日8月29日(土)、9月1日(火)、3日(木)、5日(土)、8日(火)、10日(木)、12日(土)の7日間(各日12時~20時)となります。お客様が帳場にお持ちになる商品の値札を見ては驚いておりますが、レアブック、超サービス価格書籍を中心にリピーターも出てきそうなこの企画、みなさまお早目にご来場下さい!
■で、新着品のご紹介へとまいります。ひとつめは今週お客様からお頒けいただいた『第34回ヴェネチア・ビエンナーレ』日本館のパンフレット。第34回 (=1968年)のコミッショナーは針生一郎、出品作家は三木富雄、菅井汲、高松次郎、山口勝弘の4名。写真でみる4作家の若さに40年という時間の流れを感じます。パンフレットはイタリア語とフランス語の二ヶ国語併記、約40cmと縦に長い三つ折りをひらくと横は約60cm、この大きな紙の両面を使った各作家紹介1枚の計4枚に針生によるテキスト1枚を付した全5枚を、白一色でタイトル等を印刷した透明の袋に収めています。
1968年『第34回ヴェネチア・ビエンナーレ』日本館のパンフレット。針生一郎をコミッショナーに、高松次郎、菅井汲、三木富雄、山口勝弘の4作家の作品を展観。パンフレットのデザインは杉浦康平で、会期初日に間に合わなかったというエピソード付き。
戦後の日本美術資料の、しかもエフェメラ!とあっては「何しろエフェメラ好きなもので。是非とも入手いたしたく……よろしければお譲りいただけませんでしょうか?」「ああアレね。杉浦さんの。」「ああっそっそうですか杉浦さんの、デザインでしたかっ!」「しかも曰くつき、ですしね。」「い?えっ、ああのぉ~その曰くというのは一体?」「初日に間に合わなかったはずですよ。」「…となりますと、ものすごーくすくな」「あっ、いやいや会期にはね、間に合ったようですよ。」…と聞きたい放題のワタクシに対しお客様からの懇切なご教示付きで小店に収まりました。いわれてみればこのデザインでこの時代。確かに杉浦康平らしいデザインだし同時代美術への造詣という点でも杉浦さんの名前が出てきて当然のこと、気付かなかい方がどうかしてます。店先であれこれまるで見てきたかのように喋くってる店主のウシロには、実はたいていこうした事情があると思っていただくのがよろしかろうと、老婆心ながら。ヴェネチア・ビエンナーレに話を戻して、国際交流基金のサイトにある同展実績一覧を見ると、1952年の戦後日本の初参加時より、当初は大所を揃え、むしろ戦前の日本画壇の延長戦上にある印象が強いのに対し、1960年代に入ると急速に当時の若手を起用した現代美術へと転換していく流れが見られます。
『S.M.S.』全6冊の内の第4号。箱の上左はリキテンシュタイン、同じく右はジョン・ケージの作品(当号に付属するカセットテープ有り)。デュシャン、マン・レイといった大御所から、フルクサスのメンバーやコンセプチュアル・アートの新鋭など、いまや錚々たる名前のアーティスト作品が詰まったマルチプル。
これは、例えば、戦後漸くこれがニッポンの現代美術だと胸を張って主張できるまでに成熟したと見ることができるのか。例えば、当時の日本美術界を世界はどう見ていたのか。戦後の日本美術史も、いまならまだネタの宝庫。だったりする?のでしょうか???(ほらまたすぐに人に聞く…。)
■こちらは金曜日の市場から。大きめのダンボール箱に、小包様の小ぶりな箱が6つ。内容は、と開けて見るとこれまた様々な意匠・手法のエフェメラやオブジェがいっぱい、で、全部違う。荷主さんの添付された内容物のコピーにはジョン・ケージ、オノ・ヨーコ、コスース、河原温、クリストにマン・レイの名前が。さらに欧文の内容物一覧を見るとリキテンシュタイン、ラ・モンテ・ヤングなんていう名前が出てきて、これはもうタダモノではなかろうしかもエフェメラの塊。というので入札したら落ちてしまって上札で、ううむ。分かっているのは『S.M.S.』というタイトルと1968年という発行年だけ。こちらはS.O.S.の気分と、とりあえず1冊=1箱とを抱えて、帰宅するなり『もうひとつの扉-20世紀・アーティストの本』(うらわ美術館・2000年発行)を開き…やれやれ。出てました。この図録によれば『S.M.S.』は“Shit Must Stop”という訳文を書くのが少々躊躇われる英文の略で、1968年に全6冊を発行。ということは、今回落札した6冊で揃い。先に拾った人名以外にも、ナウマン、オルデンバーグ、リチャード・ハミルトンにマルセル・デュシャンなんていう人まで作品を寄せたマルチプルは、確かにアメリカを軸にした20世紀美術史のひとつの断面を映したものに違いなさそう。さて、問題は、この矢鱈に込み入った一冊ずつの内容品をひとつひとつ確認していく作業。店に入荷すると同時にアメリカ人による(多分。ですけど) 輪郭しか描かれていない大雑把な内容品図解との付け合わせをしないといけません。どれが誰の作品なんだか、写真、カード、版画など、せめてエフェメラのひとつひとつを楽しみながら確認していきたいものではあります。そんな余裕があるとすれば、というお話。今週はまた在庫目録にデータを追加いたしました。展覧会図録など未入力分は来週引き続きアップの予定です。こちらもよろしくお願いいたします。あっ。バレエ・リュスの公式プログラムは今週も図版点数の関係でご紹介できませんでした。どこかで2冊くらいまとめてアップいたしますのでしばしお待ちを。何しろ在庫はまだまだございます。はい。