■いまからちょうど2ヶ月後、来年1月23日(水)~28日(月)に松屋銀座で開催される「第29回 銀座 古書の市」の目録原稿の入稿をようやく済ますことができました。参加店全店から秀品を集める合同目録で1月初旬の発行予定。小店顧客のみなさまはじめ、これまでお取引のあったお客様で目録希望を表明して下さっている方にご発送申しあげます。来週からこの発送名簿の見直しと整理に入りますので、もし目録入手ご希望の方がいらっしゃいましたら12月8日(土)までに小店までお申し込み下さい。お申し込みはTEL、FAX、メールのいずれも可ですが、必ず①お名前フルネーム、②ご発送先ご住所、③ご連絡先お電話番号 をお書き添え下さい。この条件にお沿いいただけない場合には、発送を控えさせていただくことがございます。悪しからずご了解いただけますようお願い申し上げます。
目録入稿が済んでも校正が待ってるゾ、会場用の品物 - 最低でもカーゴで3台分。やれやれ - の用意はこれからがスタートだし、名簿の整備も進めないことにはお話にならない……といった調子で仕事だけは途切れず連綿と続いていくのです。いーつまでもぉ~絶えるぅーことなく~。
■勤労感謝の日に古本屋が市場に行ってお金を使う。しかも稼げるアテもない品物を買ってる自分 …… あれあれあれ?何か間違ってないかぁあ??? と考え始めるのが漸く戦い済んで日が暮れて市場を後にしてからである。というのがそもそもの間違いというものでしょう。誰に頼まれたわけでもないのに市場には行くわけで、市場に行けば買うわけで、本日買ってしまったダンボール1箱から直ちに収拾のついた下記3つのカテゴリーにまとめてみました。どうやら1934(昭和9)年に欧米で大名旅行を敢行した人の残した印刷物らしい。
先ず手始めは戦前日本と欧州の航空路線関係パンフレット類。日本航空輸送編・昭和6年版『空の旅案内』には機内の写真はじめ図版多数。座席は会議室の椅子みたいなのに安全ベルトがついただけで最大客数8人という当時の装備に加え、「不時着陸場」の一覧だとか、機種によってはトイレがないとか爆音のため飛行中の会は「出来兼ねます」だとか、よく考えてみると不安この上ない情報が実に丁寧に解説されていて、その後の旅客機の進歩がしみじみと有難く思えてくること必至。それに怖気づいたわけではないと思いますが、旧蔵者、残されている荷札から、実際には大日本航空へと利用する航空会社を変更、こちらの定期航路で上海に入ったものと見られます。当時の定期航路関係では、この他に、ハーケンクロイツを尾翼に掲げたルフトハンザ機が表紙の航路図と料金等一覧、スイスエアーのかなり詳細な情報まで網羅したハンドブックとチラシ、これは飛行ではありませんが、陸路と客船を組み合わせたスウェーデンへのガイド、小店としては今回が初見の『VIA SWEDEN FROM AND TO JAPAN』。思い返してみても、戦前北欧関係の旅モノは非常に少ないと思います。
■続いて画像2点目、北ドイツ・ロイド社の優秀客船「ブレーメン号」に関連する印刷物。左下、原色と金色を使った冊子はブレーメン号の総合案内冊子。赤とグレーの2色刷りでどうしてこんなに華やかなのかと首を傾げたくなる中面は客室から船内各種施設を紹介したもので、どこを見てもバリバリのアール・デコ。インテリア資料として見ても面白い一冊です。
シルクの栞紐がついたファーストクラス利用者のためのディナーのメニューと、単純な二つ折りながら、しかし印刷にはしっかり金を使って高級感は損なわれていないランチメニューがそれぞれ5日分。当時、ブレーメン号はドイツ-北米間を5日で往復していたといいますから、乗船中の昼・夕食分の揃い。夕食メニューに乗船記念とさよならディナーが含まれていることからも、この点は間違いなさそうです。他に北米からドイツへの復路でのメニュー、かわいいエスキモーの絵で飾られた朝食メニューも残されています。
■不思議なことに、欧州・北米でどのようなルートを利用したのかという点での資料はほぼ完全に抜け落ちているのが残念ですが、おそらく帰路はマルセイユかロンドンあたりで日本郵船の「照国丸」に乗船したと思われ、木版多色刷のディナーのメニューが7点。点数からすると、日本までの所用日数の僅かに10%強分の残存に留まったのは、木版装の綺麗なものだけを選んだ結果ではないかと推察しています。約50日も続いた船旅です。夕食のメニューを見たところで、食指が動かなくなっていたとしても不思議はないというものです。
欧州・北米での動き、さらに遡って上海からドイツへはどう入ったのかといった細かい点が抜け落ちている一方で、残されているものにはデザインや、印刷物としての質感というのか等級に一定以上の基準があることを伺わせて、なるほどこういう“記録の選抜方法”もあったかと、妙に納得させられるラインナップではあります。
■明日、11月17日(土)は、所用のため店の営業は16時までとさせていただきます。来週は火・木・土曜日の各日12時~20時といつもの営業に戻ります。またしてもご不便をおかけいたしますが、どうかご海容の上、ご来店のほど、どうかよろしくお願いいたします。
■懸案の目録原稿はデータを書きあげ、一昨日レイアウトに出し、いまは一旦、手を離れました。やったぁ~!仕事からのかいほお~!! なんて喜ぶのはまだ早い。レイアウトが戻って来れば再チェック、ぎりぎりまで迷う値付けなど、最終的なデータ入稿までにはまだいくつもの山が控えています。しかも。即売会の会場用に、目録品以外の商品の用意も進めなければなりません。かくして日月堂の1年で最も忙しいシーズンが到来 …… 年末年始くらいせめてフツーにのんびり過ごしたいという願いが叶う日は、果たしてくるんだろーか。
■だいぶ以前の話になると思うのですが、「田中千代の洋装研究は素晴らしい。戦前、洋装に関わった人の中で、おそらく最も本格的で深みがある。」という評価を日欧関係を研究されている某先生にうかがったのはもう数年前のこと。そして、この言葉を思い出し、その一端に触れたのは、先週の金曜日からこの一週間のことでした。先週金曜日の市場で落札した田中千代の旧蔵書、これは確かに面白い。嵩張るだけの本口まで手を出しちゃってと、一度は悔やんだ私が浅はかでした。“嵩張る本口” から次々に現れる初見の洋書には、これは銅版画入り、こちらはポショワールかな?といった調子で、民族衣装、ファッション史関連書籍など、興味深い書籍・定期刊行物がホイホイ拾えます。あ。最も私、外国語読めないので、某先生とは違ってとても浅い評価ですが。
ともあれホイホイ拾った中から2点。画像中、左端、縦斜め方向で並べたのは、日本でも「アール・デコ百科」として知られる1925年パリ万博=アール・デコ博の公式記録書の第6巻。2年前、上製本の揃いが入荷したことがありますが、こちらが元装のようです。
ちょっと長いのですがフランス語の原題を記しておくと『EXPOSITION INETERNATIONAL DES ART DECORATIFS ET INDUSTRIELS MODERNE PARIS 1925 RAPPORT GENERAL』。第6巻は「TISSU ET PAPIER」つまり織物と紙の特集となっています。画像の内、オフセット印刷に手彩色を施したピンク色のプレートはシャルル・マルタンによるテキスタイル・デザイン。その上、モノクロのプレートはルパープの挿画の下描き。この他にもブレネレスキや龍村平蔵なんていう名前が出てきて、資料としてよく出来ていることに改めて感心しました。
隣の一冊は残念ながら元装の表紙が完全に失われていますが、こちらは1915年にアメリカで開催された「パナマ太平洋博覧会」通称「サンフランシスコ万博」に合わせて出版されたファッション誌『THE 1915 MODE as shown by Paris』。サイズから附録のファッション・プレート、ジョルジュ・バルビエやルパープ、シャルル・マルタンなど当誌のために実際に起用されたイラストレーターまで、『ガゼット・デュ・ボン・トン』を下敷きにしているのは明らか。ウォルト、パキャン、ランバンなど、この当時、すでにフランスがモード&ブランドを一大輸出産業と見なしていたことがよぉ~く判ります。
それにしても、こんな本が大ヤマからゴロゴロ出てくるなんて、そうあることではありません。多くに「Chiyo Tanaka」の記名と購入年度や場所が書かれたこれらの洋書、1928(昭和3)年から1931(昭和6)年をヨーロッパ各地で過ごした田中千代の足跡、研究の進展を物語るものだけに、現在どのように仕分け(!)ようかと思案中です。
■こちらも田中千代の旧蔵品、市場に出品されていたあれこれの中で最も強気で入札な臨んだ品物。「風俗流行」と書かれたシールの貼ってあるポートフォリオに収められていたのは古い写真の紙焼きでした。概ね1934(昭和9)年から1937(昭和12)年頃に撮影されたことが、台紙に書かれたメモから判ります。
最も点数が多いのが「1937年4月 銀座」の28点でその殆どが、女性の洋装に注目したカット。「新橋浅草十六分」と書かれた地下鉄入口、和光のショーウィンドーなど、街角の風景からも読みとれそうなことがたくさんあります。どれも面白いのですが、中でも出色なのが「大阪 堺筋 洋酒肆フランスバア」の建物含む10カット。大胆な柄行の着物姿と洋装・電髪の典型的なフラッパーの女性が入り混じる店内風景など、戦前の酒場の空気をよく映しています。この他、浅草花月劇場・吉本ショウ10点、濱甲子園6点の他、札幌三越の飾窓、旭川、京都などで撮影した合計71点は一括での販売となります。
■さらにさらに。服飾の記録に混じっていたのは、崔承喜のスナップ8点とサカロフ夫妻の内、クロチルド夫人のポートレート1点。クロチルド夫人のポートレートはパリのスタジオで撮影されただけあって非常にスタイリッシュ。マダム・タナカに宛てたフランス語の識語署名が記されており、また、1934と記していることから、この年の来日公演の際に田中千代に贈られたものらしい。崔承喜の8点には、それぞれ撮影の年月日と場所が書かれているのですが、1935年・宝塚会館で撮影された4点をはじめ、記憶にある限り5点は初見。躍動する身体の美しさはこの人ならではのものですが、田中千代という人がこの時期、身体表現にも関心を持っていたのが、この時代のモードの一側面を示すものか、はたまた服飾美の根源に迫ろうとしてのことだったのか、残念ながら詳らかにしません。
■田中自身の所有だったことがはっきり判る洋書約30冊の他、田中千代旧蔵書としては『現代猟奇尖端図鑑』『モデルノロジオ考現学』、堀野正雄『女性の写し方』、1930~1940年代フランスの手彩色スタイル画集3冊、19世紀末定期発行民俗学関係資料(不揃い)などが入荷。さらに、古渡更紗の木版図案集『波灘婦久佐』、古いクリスマスカード約20点、古い包装紙1袋(但し無名の商店中心)などが現在店で小店店主の値付けを待っているところです。さあさあ仕事を急がねばっ。
■今月20日が締切の目録原稿作成が佳境に入りました。完全データで入稿するために、人手に渡す来週半ばまでが勝負です。どうやら無理が利かなくなりつつある現在、ここは体力温存を図るために、今週、新着品のご紹介はお休みさせていただきます。実は昨日9日(金)の市場では、久しぶりの大漁となりました。どんな内容か?- ううう。早くお知らせしたいのはやまやまですがどうか悪しからず、一週間だけお待ちいただけますよう平にお願い申し上げます。スミマセン。
■大切なご案内をひとつ。明日から来週にかけての営業日程で、明日10日(土)、13日(火)、15日(木)は通常の12時~20時で営業いたしますが、17日(土)は所用のため、16時までの営業とさせていただきます。そうでなくとも不便な上に更なるご不便をおかけいたしまして心苦しい限りですが、どうかご容赦下さいますよう、また、営業日程にご留意の上、ご来店いただければ幸甚に存じます。何卒よろしくお願いいたします。
■たまにはこんなのも気楽でよろしい。なんて云っていただければ幸いです。画像は青山通りから少し入った路地で発見したinstallation。今年の晩夏、パリから久しぶりに日本にいらしたONご夫妻によって発見されました。先日久しぶりに通りかかったところ、その時に私も一緒に見たまんまの状態で残されていたのがこの風景です。この意味の不明さはまさしくインスタレーション!というのは半分冗談ですが、都会の真ん中にあってこういうものが突然現れるマージンが残されていることも、表参道界隈から離れる気にならない理由のひとつです。
■さて、来週は。目録は一旦手を離れているはず、いや、手を離れていないとマズいのでありまして、新着品ご案内も復活!となる予定。予定は未定とはよく云ったものですが、とりあえず来週までしばしお待ち下さい。今週の大漁の中から何を選ぶか。そもそもその点から、少々悩ましいのであります。
■れれれ。思いのほか簡単に画像が出来ててまったゾ。というので新着品より1点のみご紹介。前言をこんなに簡単にひっくり返してよいのだろうか。ま、いいか。
気が早いこと甚だしいようにも思いますが、年賀状、新年のお祝の金子をお包みするためのご祝儀袋、そしてお祝いの品物としてよく使われた和手拭用の筒袋、というかつての日本人の必需品・新年3点セットの印刷見本の綴り5点。いずれも昭和12年前後のものと思われます。ご祝儀袋と筒袋は全て木版刷り。ただいま現在スーパーマーケットやコンビニで、すでに年賀状の早期受付も始まっていますが、個性的な年賀状のアイディアが欲しい! といった方にはお役立ちの見本帖です。
で、私は年賀状の先に待っている即売会に向けて、いまからアタフタしているわけで、これって一体どういうことだいなんていってる内に今度は私が年賀状のアイディアを必要とする時期に入っているというわけです。いやはやともかくいまは目録だぁ~!!!