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09/05/30 モダンのやって来る前に - エリック・ギルとプライベート・プレスによる作品 / 19世紀・教会にまつわる装飾図案集 


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左)『GLORIA IN PROFONDIS』G.K.チェスタートン著、カーウェン・プレス制作350部限定本。扉にエリック・ギルのオリジナル木口木版画1葉入 右)1936年、ゴールデン・コッカレル・プレス刊行『THE GREEN SHIP』より「Woman Diving」と題されたエリック・ギルのオリジナル木口木版画。限定12部内No.11、サイン入

■左の営業ご案内と重複いたしますが、来週は小店所属の東京古書組合南部支部の大市会が開催される関係で、6月6日(土)は14時からの営業とさせていただきます。6月2日(火)と4日(木)はいつも通り12時から20時で営業いたします。6日土曜日のご来店はいつもよりゆっくりめでお願いできれば幸いです。何卒よろしくお願いいたします。
うむむむむ。あとちょっとだけ、なのに。なのに何故そこのところを頑張れなかったのか『ダムダム』創刊号ソウカンゴウそーかんごうソゥ………とアタマのなかでエコー響きっぱなしの帰途となった今週の市場から。上の画像はどちらもイギリスのプライベート・プレス、そしてエリック・ギルがらみです。左はG.K.チェスタートン著、カーウェン・プレス制作の350部限定本『GLORIA  IN PROFONDIS』(無刊期、1927年か)。画像にとった表紙の図版は凸版印刷と思われますが、扉をギルのオリジナルの木口木版1葉が飾ります。本文たったの8Pの瀟洒な冊子は、いかにプライベート・プレスらしい佇まい。右は - 落札品に添えられた解説によると - 1936年、ゴールデン・コッカレル・プレス刊行『THE GREEN SHIP』より「Woman Diving」と題された1葉。版面下には11/12の記番と「ERic G」の署名があり、調べてみると同書に収められた6葉のギルによる木口木版画の内の1葉のようです。左の本の扉はというと、東方の博士と聖母子をモチーフに、中世の素朴な宗教画を思わせる静謐な作品。右の版画はご覧の通り、細やかな線で造形された流れと黒白のバランスとが見事。エリック・ギルといえば私生活では色々と・相当に・困った人だった・ことが知られるようになってしまったわけですが、にも関わらず彼の残した作品はどれも決して崩れることなく、それどころか気品さえ感じさせられるのは実に不思議。もっとも、作家と作品とは別人格。これもそのひとつの証かも知れませんが。
 


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1857年、ブリュッセルの建築家によって著された『CHOIX DE MODELES』はカソリック教会の伝統的装飾を詳細に図解。図版は全頁、銅版画による。

■エリック・ギルも参画したイギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動は、中世に範をとろうとしたわけで、そこのところはちょっと。と思っていたのですが。ぼっろぼろになった1857年発行の『CHOIX  DE  MODELES』なる本を開いて見ると、少しだけ分かるような気がしてきます。本日2点目の画像がそれ。ブリュッセルのT.H.KINGなる建築家の著作で、主にカソリック教会の建築や聖杯といった備品等の伝統的な設計・デザインやモチーフを詳細に図解したものです。47×31.5cmの大判、しかもその倍のサイズをフルに使ったものが多く、どれも銅版画。次から次へと現れる装飾、装飾、装飾…建築物からフリペーパーまで、どれも格好よく洗練された“引き算のデザイン”に慣らされた目には、過剰でケッタイで時には奇矯ともとれる装飾は(高い所に飾る彫像は視覚的効果からかどれも三頭身だったりするもので)、非常に多くの記号をまとい思わず見入ってしまいます。いや、何よりあっちこっち向いた手書き文字による指示書き、太さが変わる手描きの線といった“均質ならざるもの”のもつ微妙な質感というのは、実はとってもカッコイイのではないか……と思うのですが、いくら説明してもこればかりはうまくお伝えできそうにありません。日月堂あるじの眼と気が確かかどうかは、是非店頭でご確認下さい。今週はこの他、『CHOIX  DE  MODELES』の現代版・タイポグラフィ編といった感のある『EMIGRE』等書体デザイン関係洋雑誌6冊ダリがエディトリアル・デザインを手掛けたスペシャル・エディションを含む『VOGUE』約30冊堀口捨己著『現代オランダ建築』(大正13年・初版)などが店に入ります。来週金曜日は夜まで市場のハシゴ、土曜日は早朝から市場のあと店に。このため、この新着情報も来週に限り月曜日となる可能性があります。都内駆け回って何が買えるか何が入るか - 金曜更新がない場合には月曜日に、またご高覧いただけますようよろしくお願いいたします。

09/05/23 “勝手にディアギレフのバレエ・リュス週間”に突如現れた公式パンフレット11冊入荷 !


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左は1920年のパリ・オペラ座公演公演、右は1923年パリのゲテ・リリック劇場での公演のそれぞれ公式パンフレット。左の表紙はホセ=マリア・セールによる衣装デザイン画で、この公演のパンフは1部のみの入荷。右の表紙はピカソによる舞台美術デザイン画で、こちらは3部・3回公演分の入荷。

■このページをチェックして下さっている方はすでにご承知の通り、今週5月19日、ディアギレフのバレエ・リュスは誕生から丁度100年を迎えました。19日未明には、沼辺信一氏による貴重なご研究の賜物である「日本人とバレエ・リュス」-まだお読みでない方、「text」のページをクリックして是非ご覧ください -アップ、その同じ日の昼から今度は神田の古書会館で開催された「洋書会大市」というのに私も出掛けてまいりました。どこかで誰かが見ているのか、単に小店がカモられてるだけか、いや素直に偶然と考えるべきか。何とも狐につままれた心地がするのですが、出ました。誕生から100年目のこの日。日本の市場に。あり得ない。なのにある。「ディアギレフのバレエ・リュス」の公式パンフレットが。しかも11点もまとまって。正確にいえば5種で11点、3種についてはそれぞれ3冊ずつの重複が含まれています。同じものばかり買って売れるか。今までだってほっとんど売れた試しないし。しかも11冊って一体いくらになるのよ。でも100年目のその日だし。昨日ご連載をスタートしたばかりときては。なぜだか私は市場に居るし。目の前にはパンフレットがあるじゃないか。ディアギレフも絶対に目を通したはずの印刷物が。「買わないという選択はあり得ないでしょあなた。」「そうですね。はいはい。」 何度札を改めたのか分からなくなって、最後には「最終です」なんてわけ分かんない但し書きを書いた札を入れ、待つこと暫し。四枚札の天辺で落札。ううむ。ある意味できすぎ。
実はこの11冊、これとは別に戦前のフランスで公演されたクラシック音楽のプログラムやペラペラのチラシまで結構な数を含むもので、仔細に眺めるとどうも“ウブだし”、つまり実際に当時フランスに居て、それらを見てきた人がまとめてとっておいたものがいまになって出てきた、という感じがしてなりません。で、バレエ・リュスのパンフレットの3種各3点。落丁を確認していて初めて気づいたのですが、同じと見えて実は同じではなく、全て公演の日にちと演目が違うではありませんか。つまりこの旧蔵者、1回の公演で3回通った…って、こんな人が本当に居たんだろうか。相当高額だったと仄聞するチケット代を考えると、やはりそれなりの人だったと思うのですが。


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左は1924年のパリ・シャンゼリゼ劇場の公演、右は1926年パリのサラ・ベルナール劇場での公演のそれぞれ公式パンフレット。左は表紙の他、中面4Pがリトグラフ。右の表紙はピカソによるスケッチ。2点とも内容に異同のある3冊の入荷。

上の画像左は1920年のパリ・オペラ座公演のパンフ。この公演では「ナイチンゲールの歌」「プルチネッラ」「女のたくらみ」が初演となり、表紙は「女の~」のホセ=マリア・セールによる衣装デザイン画、中面からは「プルチネッラ」におけるピカソの舞台美術とレオニード・マシーンのスチールのページです。その隣は1923年パリのゲテ・リリック劇場での公演のもので、ストラヴィンスキー音楽による「結婚」が初演特報チラシの挟み込みにはウブだし感(?)がたっぷり。この時のパンフレットは以前にも扱っていますが、それに比べてページ数減、紐飾りがなく最初から針綴じ等の違いがあり、パンフレットにはもしかしたら贅沢版と廉価版があったのか? 他にも子細に比較すれば一冊毎に広告の入り方が異なるものまであり…実はバレエ・リュス、資料としての印刷物についても、どうもまだまだ謎は残されているようです。
■画像2点目も続きます。左は1924年のパリ・シャンゼリゼ劇場の公コクトー作、ダリウス・ミヨー音楽、そしてシャネルが衣裳を担当した「青列車」がこの公演での初演中面4Pのリトグラフは同作で美術を担当したアンリ・ローランスによるものか。こちらにはバレエ・リュス関連書籍のチラシ二種の挟み込みも。右は1926年パリのサラ・ベルナール劇場での公演パンフレットで表紙はピカソ。ブルーナの美術がディアギレフには不評だったらしい「パストラル」と、サティ作曲・ミヨー編曲、ドランが美術・衣裳を担当した「ビックリ箱」が初演。この公演の初日は、前年に亡くなったサティに捧げられたといいます。こちらには、内容の異なる当日のプログラム二種の挟み込みと、変更された演目の書き込みが残されています。この他、1923年のフランス女性音楽家協会によるチャリティー公演、ルビンシュタインやパブロ・カザルス、アルフレッド・コルトーといった錚々たる名前・写真が並ぶ芸術祭などの公式パンフレット、「プリンス・イゴール」公演(残念。シャリアピンに非ず)のチラシ紙ペラや、小さな公演の小さなプログラムがたぁーんまり、などなど……。問題は、これらの中に、どんな痕跡や脈絡を見つけるか、という点にあり、旧蔵者は一体何者なのか。来週はこの線を何とかたどってみたいと思います。今週はこの他、『20ans』他1950~60年代のファッション洋雑誌約30冊、同じく『seventeen』約40冊など、久しぶり、ほんっとぉーに久し振りの洋雑誌・戦後分が大量入荷『イタリア文様集』はとんでもない大判でへたをすれば腰痛を招きかねず、いやいやまだまだ戦後日本美術関係資料ペラもの・薄冊ばかり4本口、その他マックス・エルンストのドイツ語版初版の再入荷に各方面洋書等全部でカーゴ2/3台分が新入荷。雑誌の一部は7月の企画展 - 実は、準備中なんですこれがまた - での販売も考慮中ではありますが、ご希望の方は是非一度ご来店くださいませ。カーゴ2/3台分のペラと雑誌の整理がいつ終わるものやら、しかし市場の支払いは待ったなし……勝手にバレエ・リュス週間は、こんなところばぁ~っかりディアギレフにならって、小店もまた尾羽うち枯らす結果と相成りそうです。

09/05/19 『バレエ・リュスと日本人たち Ballets Russes et les japonais 』2009年5月19日 連載スタート!


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2009年5月19日より遡ること100年。1909年の今日。パリで。一人の異邦人の手によって、或るバレエ公演の幕が切って落とされました。
■ロシアからやってきた異邦人-いささか自嘲的に、いかさま師とも自称した一人の男。その名はセルゲイ・ジャーギレフ、フランスでは、そう、セルジュ・ディアギレフ。この男によって召集されるバレエ団の公演は、大成功を収めたこの日の誕生以来、世界中の、さまざまな芸術分野の先端を行く人たちの間で、「バレエ・リュス」として知られることになります。
ディアギレフのバレエ・リュス。時にセンセーショナルに、時にスキャンダラスに、そして常に、最上のクリエーションを伴って、20年間に亘って繰り広げられた総合芸術運動。それは単にバレエ史上の事件であるだけでなく、「歴史的事件」といえるものだったことは、ここで改めて語るまでもありません。
■バレエ・リュスという名の歴史的事件。その事件が、遥か東方に隔てられていた日本にもさまざまな人やメディアを介して同時代的に到達し、あらゆる芸術・文化に関わる人たちに衝撃と影響を与えたことは、しかしこれまで詳しく語られることなく、従ってほとんど知られることもなかったのではないでしょうか。バレエ・リュスと同時代に、日本人はこの“事件”をどのように受容し、その痕跡をどのようにとどめ、それはいまどこに、どのように残されているのか。おそらく、このテーマのご研究ではただ一人の日本人 - 従って世界で唯一の存在 - が、これからここでご連載いただく沼辺信一氏です。
ロシア絵本の蒐集・研究やプロコフィエフ研究など、分野を越境して20世紀芸術史をとらえる多才の士として知られ、とくに戦前の日欧芸術交流史に光をあててきた沼辺氏が、なかでもライフワークだと云われるご研究が「バレエ・リュスと日本人たち」です。縁あってこの度、長年の調査研究の精華である「バレエ・リュスと日本人たち」を15回に亘って、小店のサイト内「text」のページでご連載いただくことになりました。
■奇しくも今日、ディアギレフのバレエ・リュス誕生から100年。1909年のパリより、2009年の東京へ。物語のバトンは既に渡されています。
さて、前口上はこのくらいにして。時空を隔てた物語の幕を、そろそろ開けていただくことにいたしましょう。
→ 本篇はこちらから
 

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