18/08/25
土
昨年、イタリアから。昨日、堀口捨己の旧蔵書より。
■夏休みが終わって日月堂もいつも通りの営業に戻りました。休み中、何をやっていたかと云いますと、年をまたいで行った自宅の片づけのその続き。これは重要である、というヤマ勘一点を根拠に落札した後、自宅に積み置いたまんまでいた有象無象をいま少し詳しく点検してみました。
してみると、例えば南満医学堂の椎野銬太郎宛絵葉書数百枚(医療関係者多数)、おそらくあの「佐竹本三十六歌仙絵巻」の売り立てを企画した佐竹家家令大綱久雄の娘と見られる大縄久子宛絵葉書がこちらも数百枚(住所は"佐竹様邸内"! 在パリ・山内禎子自筆分十数通ほか女学生の文通ハガキ多数!!!)、山本鼎による美術教育書『描かざる図案』(実は副題がすごく長い…)、未使用の水貼シールファイル1冊だとか、甘粕正彦の名前がある乗船名簿他の一括、何故か巻物仕立てにされていた明治初期・韓国中国方面旅行日記などなと、確かにややこしいことこのうえなく思わず放置したくなる品物ばかり ……
ですが、これらについても11月入稿の合同目録に掲載する方向で道筋がつきました。
*但し 店に運び入れるのは9月上旬とまだ少し先のことになります。この点、ご注意いただければ幸いです。
こうした次第で休み明け早々ですが何だかもうヨレヨレしておりましてまずいゾこれは…。
■今週の1点目はかくして眠っていた品物のなかから、昨年のイタリア旅行で仕入れたほとんど"唯一の"と云える古書を。昨年10月、帰国するなり生じたドタバタ劇もあってこれまた買ったままになっていました。
かなりの大判で『SCUOLA di TESSITURA (織物学校) 1926-1927』のvol.1~2に、織物生地現物とその設計図にあたる図版をまとめたバラのプレートが厚さにして約5cmほど。実は上製本のように見える2冊もプレートもいずれも全編手書きのノートで、生地現物の貼り込みは『vol.1』『vol.2』にも多数認められます。微細な枡の目をベースとして糸の運びを設計図風に書き留めた図解から、そこに添えられているテキストに至るまで、どのページもとても美しいのに驚嘆します。この他、織機の構造やしくみに関する精緻な図解も多数。精魂こめてまとめられた実用的な記録が、いまはそのまま見事な美術書の体を備えるようになったとでも云えばお分かりやすいでしょうか。
表紙には他に「ISTITUTO INDUSTRIALE di GALLARATE」とあり、ガララート産業研究所といった意味合いかと思われます。ここに顔を出す「ガララート」というのはイタリア北西部の都市の名前。調べてみると、19世紀から20世紀にかけてイタリアの繊維産業の重要拠点だったとのこと。21世紀の今日はハイテク産業で知られているようで、ここに書き留められた技術もいまはもうす捨てられていると思われます。実用の時代を超えて生き残ったこれらは、しかし世界に1冊しかないとても美しい書物となって、いまも存在してくれています。
■休み明け早々の市場に出てきたのは堀口捨己の旧蔵書でした。堀口の蔵書印のある書物は落札できなかったために、根拠は小店店主の言しかないのが心細い限りですが、堀口の旧蔵書と出どころを同じくするものを3口ほど落札。続く2点はそのなかから。
最初はご存知『建築工芸 アイシーオール』。15冊の入荷です。これだけまとまって出てくるのはとくに近年珍しくなってきています。
川喜多煉七郎という奇才 (だと思う)が「責任構成」に携わったこの雑誌、“戦前期の建築・デザイン関係雑誌のなかでも、そのアヴァンギャルディズムにおいて尖端をなすもののひとつ”と云われるなど、非常に面白い雑誌です。
*“”の内引用元は下記。当誌の性格・位置づけ等詳細について下記のサイトを是非ご参照下さい。
http://www.kokusho.co.jp/np/isbn/9784336058331/#memo4
建築から芸術各分野、商店や教育に至るまで、内容が多岐にわたるのも当誌の特徴で、例えば今回画像をとった5冊にしても、映画の特集号、ソ連演劇界からメイエルホリドに注目した号、グラフィックデザインの特集号など、対象の広さが伺えるかと思います。
川喜多の著作には一体どこから画像をとってきたのか分からないものがつきものですが、『アイシーオール』でしか見たことのない図版の引用も多く、実に興味の尽きない雑誌です。
■続いてこちらの2点…といきたいところではありますが、かなり眠たくなってきました。今日のところは画像だけアップして、詳細は近日中に! こちらも堀口旧蔵書!! いま少しお待ち下さいますように悪しからずお願い申し上げます。
■はい! 続き、いきます。こちらも堀口捨己の旧蔵書より。2冊ともファサードのデザインとショーウィンドーの優秀プランを紹介したもの。モダニズムとは、都市の風景が商業主義によって生み出される流行によって次々と姿を変えていく時代のはじまりでもありました。堀口のような建築家がこうした情報を必要としていた所以ではないかと思います。
『店頭及陳列棚意匠集』は大正15(1926)年に洪洋社が発行。ちなみにポートフォリオのグレーの部分には、よく見ると「1925巴博覧」の文字がデザイン化されていて洒落のめしてます。50プレート全て1925年のパリ万博=アール・デコ博の“仏国西側各商店の長い棟割陳列館”やパリの百貨店のパビリオン内外の写真。後に朝香宮邸=現・東京都庭園美術館設計にも加わることになったアンリ・ラパンをはじめ、アンリ・ソヴァージュなどによるアール・デコのオンパレード。「漆喰」「木製・彫刻設色」「模造革張り・アルミニューム適用」など、実際に使われた素材までクレジットしているところが当品の特徴。この手の情報は珍しいと思います。
さらにもう1冊、『素人に出来る商店窓飾標準図案』は装飾部分のデザイン画と優秀例の写真とで構成されたお手本集。渡邊素舟が編者をつとめました。プレート欠けはあるものの、ポートフォリオと扉は木版多色刷、収録された作品もなかなかです。現品では確認できず、書誌データにあたってみたところ、昭和2(1927)年の発行。こちらもまた、アール・デコの影響著しいデザイン集です。