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21/08/28 1930年代初めフランスの家庭のための?手工芸専門誌と1939年ニューヨーク万博の日本館


■先ずはお知らせです。9月4日(土)は2度目のワクチン接種のため臨時休業させていただきます来週の営業日は8月31日(火)と9月2日(木)のそれぞれ12時より19時まで。ご来店の場合は事前にアポイントを入れていただけますようお願いいたします。

考えてみると洋雑誌の入荷は久しぶりかも知れません。フランスの家庭向けデザイン専門誌『L'ARTISAN PRATIQUE,APPREND A TOUS. L'ART DE DECORER SON FOYER』1931~1933年発行分のうち19冊が入荷しました。
先ずはタイトルを訳さねば。と云うことでGoogle翻訳で訳すと「実用的な職人がみんなに教えます。あなたの家を飾る芸術」、みらい翻訳によれば「すべてを知る実践派故郷を飾る術」、最近頼りにしいるDeepL訳によると「職人は練習してみんなに教える。家を彩るアート」と似ているような似ていないような、何とも落ち着きの悪い結果となりました。
フランス語に直接あたったところで自分の語学能力・センスなんぞAIのデープラーニングに敵うわけもないのでフランス語に直接あたることなしに、あくまでこの3パターンの翻訳をベースに類推するに『プロが教える実践練習-家庭装飾術』といったところではないかと思います。思いますがこれ、あくまでも、小店店主の「超意訳」にすぎませんので、ご興味をお持ちの方はそれぞれ正攻法で翻訳されることをお勧めいたします。
さて、雑誌の内容はと云いますと、これまた他力本願でフランスの古書店さんの解説によれば「デコラティブアートとファッショナブルなインテリアを実現するための実用的な方法を専門とする雑誌であり、こうした情報の宝庫」だとありますので、これまたちょっと分かりにくいのですが「家庭用の手工芸雑誌」的なことを云っているのだろうと思います。。
単なる手芸系の雑誌であれば入札を見送っているところですが、仕入れる動機となったのは、工芸系に厚く、かつ、半ばプロ向けではないかと思われる対象の広さや難しさ、そして何よりアール・デコ様式が徹底されているデザインの傾向を見てのことでした。
各号センターにはカラーの見開きページが綴じ込まれていて、しかもそれと同じ原寸大の型紙つき。なるほど型紙がついているなら何とかなるか? と思うと、ことはそう簡単ではなく、画像中、月を描いた「LUNA」は一体何のためのデザインかというと「長方形のコーヒーテーブル」で手法は「タンポによる彩色と研磨、焼き絵、ステンドグラスなど」と云いますから、いくら細部まで写した型紙つきとはいえ、誰でもできるというものでもなさそうです。
装飾する対象は、壁掛けをつくるなどは平易な方で、お皿、植木鉢、鏡、アクセサリー、挙句に時計まで、手をくわえてしまうとぶち壊し的なものまで載っていて驚きます。
欧米では自分の手で自宅改装まで手掛ける人が多いとはいえ、果たして本当に家庭用なのか? 家庭用というのがそもそも誤訳なのか? …… ご判断は現物をご覧の上でどうぞ! 

■あと一週間ほどでパラリンピックが終わります。オリパラでかかった経費は総額3兆円を超えるのは確実のようです。次の大阪万博では一体どれだけのお金が注ぎ込まれるのか、いずれにしても代理店マターであることだけは間違いなさそうです。お祭り騒ぎに乗じて市民が気が付かないうちに市民から吸い上げた資金を限られた企業や関係者でわけあうことを「祝賀資本主義」と云うそうですが、その出発点はどのあたりにあるのかと考える上で重要なできごとのひとつが、1939年にアメリカで開催された「ニューヨーク万国博覧会」だとされます。
新着品2点目は1939年のニューヨーク万国博覧会の絵葉書で、日本館をとらえた6枚とその他会場のパヴィリオンやモニュメントを写した11枚の合計17枚
日本館の6枚は「日本館(外観)」「日本庭園」「グランド・ホール」「ナショナル・ホール」「シルク・ルーム」「交流室」で宛名面にはそれぞれ英文の解説が添えられています。写真撮影は全て「Henrry s. Yamada」とあり、日系二世を思わせますが、残念ながら詳細不明。気になります。
さて、ニューヨーク博覧会と、例えば僅かに2年前の1937年のパリ万博とではどんな違いがあるのでしょうか。
1937年のパリ万博は「近代生活における芸術と技術」をテーマに、国威掲揚を目的とする国別のパヴィリオン中心に構成されていました。対立するドイツとソビエト連邦のパヴィリオンが向かい合って建てられ、内戦を抱えていたスペイン館にはピカソの「ゲルニカ」が出品されるなど、第二次世界大戦戦争前夜の不穏な空気を色濃くうつしていたと云います。
対する1939年のニューヨーク万博では、企業パヴィリオンや未来都市のイメージが博覧会の主導権を握り“第2次大戦への予見が希薄で、支配的であったのは、「明日の世界」というテーマに対応した、大恐慌のどん底から脱したあとの楽天的な雰囲気であった”(「現代美術用語辞典 1.0」ニューヨーク世界博覧会(1939)執筆者:暮沢剛巳 より)と云います。
国家の威信をかけた博覧会から資本主義が主導する博覧会へ。こうした状況のなか神道形式とも説明される日本館は、博覧会における世界の変化とはひとり無縁に、依然として国威発揚に腐心し、1937年パリ万博の日本館 - 坂倉準三によるモダンなパヴィリオンは建築部門のグランプリを獲得しました-と比べても、明らかに後退していると云えるでしょう。
資本主義・拝金主義のIOCに、復興と云い、おもてなしと云い、コロナに打ち勝つと云い続けながら手もなく転がされた我が国ニッポンに、1939年ニューヨーク万博の日本館が重なってみえてきませんか?

今週の斜め読みから。
上野先生だからって読み飛ばさないで下さいね。多くの人が書けないことをちゃんと書いてくれてます。
https://dot.asahi.com/wa/2021082500010.html

明るい光が見えていると云いながら無策なあの人はこういう記事を読んでいるのだろうか。そういえばPCR検査の技術でフランスから感謝されたのは日本の会社だったし。所与の資源を使おうとしない謎はここにも…

たまには希望に満ちたお話しで〆たいと思います。8月25日にも投稿あり。もろん続きも超おすすめです。
https://mobile.twitter.com/YASUHISA_KOKI/status/1399953796357185538
 

 

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