■あれだけ暑かったのがウソのよう、季節は一気に秋めいてまいりました。まだ8月だというのに。でもこれでやっと、おツムを少し仕事モードに切り替える気になって、来週も店は火・木・土曜日の各日12時~20時で営業いたします。赤い店もそう暑苦しくなくなってきたところで、ご来店をお待ちいたしております。 ■負けても負けても尚あきらめず立ち向かうところにしか勝利は生まれないのだと、昨日のソフトボールの決勝戦を見て教えられました。単純なことほど忘れがちなのではないかとも。四年に一度という厳しさには比ぶべくもありませんが、しかし市場というもの、古本屋の日常にありながら、実はこれにちょっと似たところがあるように思います。今週はどうにも「買いたい」と思うものを見出せず、何故だか「買おう」という気持ちになれず、いやはや負けがこみました。辛くも落札できた新着品から、最初は昭和6年・白水社発行、スウヴェストル・アラン著、田中早苗訳の『幻賊』初版。「幻賊」の文字に振られたルビは「ファントマ」。そうです。これ、1911年にフランスで発行され、暗黒小説という分野を切り拓いたとされるマルセル・アランとピエール・スーヴェストル共著『Fantomas』の翻訳書です。7月19日のこの欄でご紹介した『恋愛株式会社』と同じ、フランス文学の翻訳と日本の仏文系の若い書き手の著作、そして新感覚派の創作などからなる書籍群の一冊なのですが、なかでは比較的見かけない本ではないかと思います。怪しげなカバーの下に、色面と文字だけで構成されたモダンな装丁の隠れた心憎い装丁は東郷青児の仕事。今回入手したのは残念ながらカバーや本の三方に難があり、いつか状態のいいものを手に入れたいものではあります。ところでファントマというと。高校生の頃、映画「オルフェ」で二枚目ド真ん中に刷りこまれていたあのジャン・マレーが、「何でまた、かようなB級映画に…」と茫然としたのが実は映画「ファントマ」でした。以来、私にとって「ファントマ」に良い印象なし。ところが改めて今回検索してみたところ、フランスでは初版刊行と同時に人気を博し、しかも知識人・芸術家たちに熱烈に迎えられ、アポリネールやピカソらは「ファントマ友の会」(!)を結成、戦前すでに無声映画にもなっていた……のだとか。またしても私に見る目がなかったのか。ジャン・マレーにとってのファントマ、もしかしたら名誉だったのかも。ゴムマスク姿でも。
■次はほぼ説明の必要もない戦前の商品パッケージあれこれ一箱から。「花王石鹸」は外箱のみ。トレード・マークの三日月小父さんはゲシゲジ眉毛。渋めの色でまとめられたアール・デコ調の箱は三越百貨店「Best Toilet Soap 御旅行用 御婦人用小型石鹸」。小ぶりなのは旅行に携行するためでしょう。さすがは三越、相当な富裕層を相手に商売をしていたものと見えます。赤椿のマークはシャンプーならぬ「資生堂歯磨(中煉)」でこちらは未使用・未開封。“香味極めて爽やか、御使用後に湯茶その他の味を損じない”と細やかな配慮を見せるのは裏面の能書き、さすがに試してみる勇気はありませんが。この他、「ミツワ」の石鹸ではなく何故か「Name Card」の空き箱や「明治チョコメリー」のパッケージ等、十数点での落札でした。新着品はこの他版画荘の詩集数冊等戦前古書十点弱、1970年代の雑誌『流行通信』十数冊など。また、今週はすでに展覧会図録、芸術・デザイン関係図書など「雑書目録」に新着品を50点以上アップしております。画像がまだ付けられずにおりますが、先ずは情報をご笑覧いただければ幸いです。さてさて来週は一体どのような新着品をご紹介できるものやら。どれだけ負け続けようがへこたれず、負けた札をも力に変え、入れるからには真剣に札を書き、どんなものであれ一つでも多く落札する。実に単純なこの積み重ねがこれまででありこれからなのだと-そんな大層なものではありませんが時にはアスリートの姿なんかも思い浮かべながら-ひとつの季節を見送り、そして新たな季節を迎えたいと思います。