■今週、二度目のご来店と仰る若い男性のお客様から「このお店って、誰か来ることあるんですか?」とにこやかに尋ねられました。ご質問、御尤も!ご来客の有無に関わらず来週も店は火・木・土曜日の各日12時~20時で営業いたします。ところでこのご質問、皆さん聞きたくてもきりだせなかったことではないかと。ここだけの話しなんですがね。私自身どうして食べてられてるのか謎なんですよこれがほんとに。 ■ボロ負けだった先週の分、今週は取り戻せたのかどうかは新着品からご判断を。上の画像『コレハ何デセウ』は昭和15(1940)年、花王石鹸本舗児童課編・花王石鹸株式会社長瀬商会発行の写真絵本。全編写真と算数問題のみで構成され、子供たちの身近にあるモノを部分写真や拡大写真に撮って収め、それが何だか考えさせるというもので、問題にあたる写真に各々計算問題が添えられているのがミソ。正解はもちろん全体の形状を写した写真で示されるわけですが、計算問題の正解が正しい答えの写真に添えられ解答を示すという仕組み。と、ここまで説明したところで。はい。2004年に開催された『幻のロシア絵本1920-30年代』の図録を取り出し、73Pを開いて下さい。そうなんです。これ、1932年にロシアで発行され、“世界的にも最も初期の写真絵本のひとつ”とされる『これは何でしょう?』と-裁ち落としの写真処理や数式のレイアウト、書体まで-モチーフを除けばほとんど同じといっていい引き写しです。図録からの引用を続ければ、“1933年、写真と活字の組み合わせ方を模索していたデザイナー、原弘はこの絵本に着目し、写真雑誌『光画』のなかで紹介している”とあります。花王石鹸といえば真っ先に太田英茂の名前が浮かぶわけですが、太田は当書発行以前に花王を離れ、また原弘と確実につながる東方社への参画はこの後のこと。ならば発案者は、ロシア絵本と花王とを結びつけたキーマンは誰か…??? おそらく、という留保つきで想像すれば、昭和5(1930)年から花王石鹸広告部に嘱託として席を置き、昭和7(1932)年の『光画』創刊当時からの同人だった木村伊兵衛あたりが怪しくないか。従って、当書の写真もまた木村によるものではないだろうか、というのが只今現在の推論です。さらに。「いや、もしやレイアウトも原弘がやってたりして。」やら、「『ピクトリアル・アルファベット』の習作になったんじゃないの。」だの……このささやかな冊子の存在ひとつが、妄想をかきたててやみません。
■がらっと趣が変わります。昭和11年1月1日、限定500部発行『国菓図鑑』。いわばお菓子のデザイン図版集といったもので、全頁綺羅引き和紙使い、木版多色刷35図を所収。図版の細部にはさらに手で彩色を施した跡が認められます。またそれぞれ菓子銘と簡単なレシピが記されているのですが、銘とデザインとを対照して見れば、日本人が元々もっていた抽象化に長けたデザイン能力や季節感を簡潔に表す言語能力に感心し、材料を見れば苺羊羹に昆布羹、引茶羹あればこれって何だろハツタイ羊羹と、「羹」がつく素材だけでその種類数知れず、その全てをできることなら味わってみたいものだと思い、こちらはもう何の理屈も文句もなく、ただひたすら眼玉と脳とを楽しませてくれる一冊です。画像は35図のうち、「フルーツキヤンデー」の頁と里錦、藤影、春野といった銘の並ぶ「流し物 その一」の頁です。画像にはあえて採りませんでしたが、巻頭の「千代の縁」の意匠は圧巻。今週はこの他、岡本潤詩集『罰当たりは生きている』から、江戸後期の紋帳4冊、名もなき一般人の戦前の写真一袋、戦前アール・デコ期の壁紙現物見本帖4冊、いまや文房具屋さんに行っても手に入らない古い未使用の住所録、名刺ホルダー、出納帳等まとめて一括などが新入荷。また、来週月曜日には追加の落札品(本中心となるはず)も判明する予定、こちらはまた改めて。
■乱高下する株式市場も円相場もどこ吹く風、店は来週も火・木・土曜日の各日12時~20時で営業いたします。風まで避けて通る小店。これって元々破綻状態と呼ぶべきではなかろーか。何だそうだったのか! ■今週は新着品にかえてご挨拶を申し上げます。10/12・26の二日間、二邸で開催いたしました「Open-House-Market」では予想を超える多数のご来場者の皆様と、関係者の方々のご協力とによって、盛況のうちに無事終了することができました。ここに改めて御礼申し上げます。本当に有難うございました。商業施設でもイベントスペースでもないところに果たしてわざわざ出掛けてきてもらえるのか? から始まって、古本屋・古道具屋が入った後に残された品物で売上はたつのか? に至るまで、不安だらけのスタートでしたが、始まってみるとこんなに楽しい経験はありませんでした。あと幾ばくもない時を経て解体されるのを待つばかりの一軒の家。残された日々のたったの一日、その家を満たした人々のさざめきや笑い声。隅々に注がれたまなざし。各邸で語られることになった記憶の断片と、それに耳を傾ける人たちの姿。選んでいただいた思い思いの品物にさらになお、添えてくださった「有難う」「楽しかった」という言葉。一時をともにした後、再び三々五々散っていく人たちの背中。書き出せばきりがないほどたくさんの忘れ難い光景が刻まれています。これまで続けてきた「解体シリーズ」が時代とともに最後を迎えざるを得ないモノたちに贈る最後の祝福だったのだとすれば、主催する側のあざとい意図といった挟雑物を一切受け付けず(私もまた、あの家々にあっては偶さかの来客の一人に過ぎませんでした)、あるものをあるがままに示しただけの「Open-House-Market」は、その最も理想的な姿だったのかも知れません。それを教えくださったのは、他でもない、あの場にお運びくださった二邸・延べ210人以上に上るご来場者の皆様でした。皆様の間に確かに存在したと思える、温かく穏やかな共感でした。この場では不足に過ぎますが、幾重にも感謝申し上げる次第です。有難うございました。やってみないと分からない頭と、思い立ったら走り出さずにいられない身体を抱えて、今後も一体どこに寄り道したものか本人さえ分かりませんが、機会に恵まれればSeries3の開催もあるやもしれません。日月堂には不甲斐ない私を補って余りあるスタッフ-各邸準備二日であそこまで仕上げてくれた最強チーム。欄間も引き手も照明器具も見事取り外し可能-が控えております。その節にはまた皆様とお目にかかれますよう、これからもよろしくお願い申し上げます。ちなみに上の画像は鈴木邸よりまいりました紙モノ。会場で販売したいわば売れ残りではありますが、今週、店の引き出しに入りました。この半世紀、新聞紙に何重にもくるまれて屋根裏部屋に大切に仕舞われていたものです。 ■今週は、市場の最終台に先週触れた「岡田龍夫関係5冊一冊」というのが確かに出ていて、小店としては目いっぱいで臨むもあくまで常識的な入札額とあってはいわずもがなの撃沈。最後に改札される「岡田龍夫」に気もそぞろ-「もし落ちたら書いちゃった金額払うんだなわたしが」というあり得ない妄想が頭を過るわけです。学習効果のないことったら-最終改札のずぅーぅうっと手前から撃沈に継ぐ撃沈というありがちな失態を犯してしまい、来年予定の目録に使えそうな美術関係資料数点が落札できた程度。「来週金曜日は市場二か所ハシゴなんだから。心を入れかえて頑張るよーに。」「……ガンバリます。はい。」といいながら、実は随時新着アップいたしております「雑書目録」も、ひとつよろしくお願いいたします。
■「Open-House-Market」の参加お申し込みは今週23日に締切らせていただきました。お申し込み下さいました沢山の皆様に心より感謝申し上げます。今週、準備の仕上げに入った鈴木邸からは-建て付けの納戸の金具が「七宝焼き」だったり、40cm四方の素通しガラスを使った鈴木家オリジナル「ハンカチ干し」が出てきたり、布団袋にいっぱいの蚊帳だとか、なぜか一脚だけ「イームズ」の椅子が置かれていたり-さらに新たな商品の発見あり、いまは亡きご当主のラジオ出演時のテープも見つかったり(当日会場で流します)で、ますます楽しみになってまいりました。あとは26日(日)の当日を待つばかり。皆様とお目にかかれるのを楽しみにいたしております! *万一、お申し込みいただきながらご案内状が着いていないという場合には25日(土)午後8時までに小店までご連絡ください。全力で対応いたします。 ■中野区・鈴木邸を打ち上げた後も、来月第二土曜日までは実はバタバタの日々。とはいえ来週も店は火・木・土曜日の各日12時~20時で営業いたします。何しろたったの週三日(←いつものことですが)。 ■ううむ。新着品。また分からないものばかり…の中で26日の本番を控えておりますので、今日は簡単に済むものを。上の画像は『関西ライカ倶楽部会報』で、今回新入荷となるのは昭和13~14年発行内の8冊。戦前さまざまな芸術分野で起こった新たな潮流や運動のなかで、写真界における新潮流=“新興写真”では周知の通り東京よりもむしろ関西のグループに負うところ少なからずと認められているわけですが、この倶楽部も当時のそうした“関西写真画壇”の一角を占めたものか、少なくとも進取の精神には溢れていて、紹介されている同人の作品には機械美や都市美をモチーフとしたものが多く見られます。また、素人の筆ながら批評や考察への取り組みも旺盛なところなど、“運動への指向”といったものも感じさせられます。新興写真といえば夙に知られるのが雑誌『光画』とその創刊時からの同人・木村伊兵衛ですが、画像右端、『会報 第6号』の表紙を飾っているのが実はその木村による高杉早苗の肖像写真。さらにこの号の巻頭には、同じ写真の「実物印画(巻頭台紙貼付八切)」(=目次の記載のまま) 、つまりは実作が収められていて、関西写真画壇の間にあった交流を示すものでしょうか。隔月刊、全頁アート紙使用、表紙は毎号フルカラー印刷。ダンナ衆のお遊びだとしてもさすがセンバタニマチ、どうやら使い方の方も半端ではなかったようではあります。
■…今度こそ短めに。洋モノ美人絵葉書、まとめて42枚。全てロンドンの「FAULKNER & Co.」のクレジット入りです。このシリーズ、どれもかなり手の込んだ洋服に身を包んでいて、しかも写真のクオリティが高いので、それが細部まで非常に鮮明に観察できます。いま見るとトンデモないデザインの帽子も多数。おそらくは1910年代頃のものだと思われますが、ファッションやアクセサリー、コサージュ、ヘアスタイルなどを含めた当時の風俗史料として見ることもできそうです。『会報』にせよこの絵葉書にせよ、写真を通じ様々なメディアに刻印され残された歴史というのはたかだかこの100年ほどのこと。メディアがデジタルへと以降し終えた後の世界には一体、何が、どのようなカタチで残されるのか。絵葉書一枚が貴重な資料になる時代も、実はそう遠くないのかも知れません…と来週の市場の出品予告を見るとうわぁ何だコレ「岡田龍夫関係一括(5冊)」って。何より肝心の「市場デ敵ナシ」となる時代だけはいつまで経ってもやってくる気配ひとつない小店。来週はハナから討ち死に覚悟、せめて指紋くらいはこっそり刻印してまいりますか。