■昨年まで、店のベランダ越に目を楽しませてくれた根津美術館の桜の木が失われ、今年は少し寂しくなってしまいましたが、すぐ近くの青南小学校や青山墓地の桜の木々は今年も、いまが盛りと咲き競っています。気もそぞろなるこの季節、古本どころではなかろうかとは存じつつ、店は来週も火・木・土曜日の各日12時~20時で営業いたしますので、どうか是非ご来店ください。 ■先週は「本口」がまとまって入荷したのに続いて、今週は洋雑誌が『Commercial Art & Industry』、『Commercial Art』、『MOVIE CLASSIC』などいろいろ取り混ぜて合計約40冊、新入荷と相成ります。新着品の最初はそんななかから、フランスの女性雑誌『LA REVUE DE LA FEMME』。1927年から28年に発行された10冊での出品でした。この当時の女性雑誌としては、ポショワールによるファッション・プレートが誌面を飾る『ガゼット・デュ・ボン・トン』などが知られていますが、こちらは少し地味。というのもファッション・グラビア(写真)が多用されていることがその一因で、しかしその分、当時実際に着用されていた洋服・装身具などのデザインが、むしろ細部までよく分かります。このため資料として見た場合には、『ボン・トン』より上といえるかも知れません。また、ポショワールが入らないからといって“高級”でないかといえば、さにあらず。上の画像、向かって左は「ジャンヌ・ランバン」のスタイル、向かって左は「メゾン・ポール・ポワレ」(!)の広告。広告から記事に至るまでどれを見ても、当時の高級婦人服のもつ優雅さが感度・精度とも確かな写真で表現されています。とりわけ毎号のように紹介されるランバンのスタイルは白眉。ざっと見ただけですが、すでにソニア・ドローネの洋服も数点発見しました。モデルにミスタンゲットが使われていたり、サカロフ夫人の肖像が扉を飾っていたり、記事では毎号のように紹介されるダンスに関する話題から、博覧会やリゾートなど時宜を得た企画まで。選手全員ご婦人方の2チームががっぷり四つに組んだラグビーやサッカーの写真&記事なんていう突拍子もないのもありますが、雑誌全体としては有閑階級を意識しています。画像の真ん中に置いた一冊のように、表紙は毎号2色印刷ですが、号毎に意匠の変わるアール・デコ様式のイラストは、当時のモードを伝えるに充分な役割を果たしています。
■ずらずらっと並べてみましたリボンの画像(現物をスキャンし、並び・背景を加工)は、こちらも今週の新着品。布装のアルバムに絹平織りのリボンを貼り付けた、「綬」の見本帖です。「綬」というのは即ち「リボン」のことではあるのですが、そこいらのプレゼント用のとは違って紫綬褒章など褒章授与の理由により色を変えて使われるものなのだとか。この見本帖についてはこの「綬」が並んでいるだけで、来歴・由来など手掛かりの一切ない、解説書くには実に困った物件なのですが、アルバムの体裁や紙から昭和初期頃までの時代のもので、綬の種類が118点と多様なことから、おもに軍隊にまつわる褒章を誂える業者が自店内で使うために用意していたのものではないか?と見ています。118点のなかには、それこそスキャパレリのようなショッキング・ピンクを大胆に使ったものや、オレンジ&ブルー&グリーンのストライプなんていう南仏テイスト、真っ黄色&真っ赤で無闇に幅広・インパクト大な代物などもあって、先のランバンなどとはおよそ対極のアノニマスなデザインですが、しかしこちらも相当お洒落です。軍服とは無縁な時代を、褒章などとは無縁に生きたい-望んだところで無理!-と思い、歴史を顧みるに軍服が格好いい時は要注意だと分かっていながら、しかしこの「綬」のセンスを認めないわけにはいかないのでした。それにしても、歴史(小店の)を省みるにアノニマスなのは売れないと痛いほど分かっていながら……どーしてなぜに。あなたは買ってしまうの(単なる馬鹿ですな)。深く反省するのは後にして新着情報を続けますと、既述の洋雑誌各種をはじめ、今週はこの他にも戦前の『松坂屋・秋冬の流行』(木版多色刷りの着物図案各10葉・抽象柄含む)2冊、1950年代に絵葉書の業界団体が発行した現物貼り込み多数の年鑑『日本絵画趣味紙工品通信』4冊、明治期の手札写真などのまじったダンボール1箱分の『紙ものいろいろ』、そして何故か『矢内原伊作書簡』1通などが新着。また、これまで手を付けずにいたフランスのアール・デコ期の石版多色刷り図案リーフや『高島屋百選会』等着物図案集なども店先に。この新着ご案内で二回前の靴のカタログなどと合わせると、俄かにファッション関係のアイテムが充実してきたようです。これで店内にも春の明るさが…はなにあらしのたとえもあるぞ by井伏鱒二…そう簡単ではないものの…書を捨てよ、町に出よう by寺山修司…ともあれみなさま桜は見頃をはずしませんように。時こそ今は!
■来週半ばまでに移動させるのを目標に、只今店内、「町工場」展の在庫品整理で古本屋とは思えぬ様相を呈しておりますがしかし。店は来週も火・木・土曜日の各日12時~20時で営業いたしますので、皆様にはご来店のほど御願い奉ります。 ■単行本や雑誌などをおよそ30~45cmくらいの長さで紐で縛り、それを1本から複数本一緒に市場に出品されたのを指して古本屋は「本口(ほんぐち)」と呼びます。いま手元にある昨日の落札品一覧から数量を示す部分を抜書きすると…1本口、3本口、2本口、2本口、1本口、1冊、5冊、2本口、2冊…そうです。今週落札したのはほとんどが「本口」。この内「1冊」とあるのは当新着情報に相応しく込み入った説明を要するのですが、何しろ厚さ約8cm・鉄製ビス留めとあってその重量から持ち帰るのにビビり(今年は疲労骨折もありましたし)、「5冊」は雑誌『domus』の1950年代発行分の“合本” でこちらもやはり非情な重さ、「2冊」は基本図書のようなもの、あとは白っぽいところ・黒っぽいところいずれも長い説明など要するまでもなく。「どうするよ。新着品。」(古本屋なんですからね。「本」を買うのはとーぜんでしょう。なのにそのとーぜんに困るというのは一体何だ。)というわけで。今週の新着品は少しの間自宅で出番を待っておりました“珍品”を代打に起用いたしまして先ず最初。『EXPOSITION DES ARTISTES JAPONAIS 日本美術展覧会』は1957年、パリのギャラリーで開催された日本美術に関する展覧会の目録です。名誉会員にはジャン・コクトー、ジャン・カスー、藤田嗣治、古垣鉄郎ら、実行委員会には浜口陽三、荻須高徳、堂本尚郎らの名前が並び、中途半端な展覧会ではなかったであろうことを思わせます。仏文のリストによれば「平面」で今井俊満、桂ユキ子、野見山暁治、荻須など55名92作、「版画」で長谷川潔、浜口、南桂子の8作品、「彫刻」「書」をあわせると全107点の作品が出品されています。また、古垣、藤田、コクトーは招待作家として出品もしたようです。序文は古垣、彼の地では「SATOMI」で充分名前の通っていた里見宗治が表紙を担当しています。日本美術といってもありがちな古美術・浮世絵に非ず、むしろ当時の日本の先端・前衛もしくは気鋭の新人を紹介しようと目論んだものらしいことは一目瞭然といえるでしょう。敗戦後わずか7年で、世界の美術の動きに遅れることなく前進していた若き芸術家たち、それを支えた人たちの気概には、どこか感動を覚えます。日本の芸術家たちが憧れてやまなかったパリで開催されたこの展覧会が、日本の若い作家たちに、フランスの美術批評家や愛好家たちに、果たしてどのように受け止められたのか。少なくとも当時すでにパリの日本人美術家たちと親密に交流していた(個人的に最近俄かに興味をもつに至った)海藤日出男あたり、どこかに何か書いているに違いなく、しかし何分にも突然の代打につき準備不足、そのあたりについてはまたいずれ。
■さて次の代打はアメリカからの起用。『BANQUET in honor of Their Imperial Highnesses Prince and Princess Takamatsu by Japanese Residents of New York and Vicinity』、即ち高松宮宣仁殿下&喜久子妃殿下を囲んで行われたパーティの出席者名簿と晩餐メニューの一揃い。1931(昭和6)年4月11日(土)、ホテル・ピエールで開催された際に出席者に配られたものでしょう。画像では判然としませんが、紅白の房のついたメニューの用紙には極控えめに木の葉の地模様があしらわれ、端整な佇まい。しかし何といっても圧巻は「Seating List」。殿下&妃殿下とともに上座に控えたN.Y.総領事・堀内謙介、高松宮付別当・石川岩吉、海軍少佐・水野恭介といったお歴々以下、9人着席のテーブルで45台、従って総勢約400名のセレブの方たちの氏名が肩書き付きの欧文・アルファベット順と着席テーブル順との二通りでびっしり並んでいます。圧倒的に多いのが日本人の「Mr」諸氏。夫人を同伴していないのはいかにも日本人らしいところ。一方、意外に多いのが「Miss」の方々で、一体どういうお嬢様たちなのかはセレブと全然無縁な私には想像もつきません…とか何とか書いてみたところで「だから何?」といわれてしまえばミもフタもなく、けれど『高松宮日記』などちゃんと資料に目を通しておけばもう少しまともなことも書けたのではないかと、凡打で終わった代打がそう申しております。今週は代打二点、どうもハンパで砕け散った感がありますが、ともにおそらくは二度と手に入ることのない“珍品”ではあろうかと。 ■残る「本」のなかには、帯欠けながら亀倉雄策装丁=デビュー作となった戦前の第一書房版『夜間飛行』、こちらは函欠けではありますが東郷青児翻訳・装丁の『怖るべき子供たち』、恩地孝四郎風の装丁で大木惇夫の『危険信号』、牧逸馬訳の『バッド・ガール』、よく見ないと何が出てくるか分からないゴッタ煮状態の1930~50年代の洋雑誌2本分などがあり、これらも来週中にはぼちぼち店に出す予定です。あああっ。本といえばもう一冊。岡崎武志さんの新刊『女子の古本屋』が届きました。来週には書店に並ぶそうです。“女子”と呼んでいただくにはトウの経ちすぎた日月堂もご紹介いただいているのですが、小店のところはあっさりスッパリすっとばしていただいて、古本界で奮闘する頼もしき女子たちのおはなしに、耳を、もとい目を向けていただければ本当に嬉しく、どうかよろしくお願いいたします。
■市場からの帰り、自宅に向かう駅に着くとまるで見計らったかのよう、俄かに強まった雨脚は水煙となって足元に舞い、家に着く頃には濡れ雑巾となっていました。春に向かって天候も、そして人の心もどこか落ち着かないようですが、来週も店は火・木・土曜日の各日12時~20時で営業いたします。 ■最近の報道から疑問に思っていたことがひとつ。某ドキュメンタリー映画について、某国某党の某議員らが一般上映に先駆けて試写を要求したと。理由は、歴史的・政治的認識の偏向の有無を確認するためだとか。しかし、その議員さんという方も、少なくとも政党に所属している限り、右だろうが左だろうが全く偏向していないということはあり得ないのではないかと分からなくなるし、何より、人さまの歴史認識をジャッジできるほどあなたの歴史認識が偏りなく正しいものだと一体誰が承認したというのだろーか、というのがその疑問で。どうも世の中きな臭いなぁと、そんなことを考えていた矢先に出会いました上の画像。ロシア語のタイトルは読めるはずもなく、しかし、表紙の記載からこれだけは分かる1932年の発行。いうまでもなく、革命思想と分かちがたく結び付いていた前衛芸術運動が、ソ連共産党中央委員会における「文学・芸術団体についての決議」採択により“社会主義リアリズム”へと大旋回を始めた(始めさせられた)年です。いまやよく知られるようになったロシア絵本と同じく、黄ばんだ藁半紙を束ねて二つに折り、針で止めただけの粗末な体裁。おそるおそる開いて、見れば分かる絵だけを追っていくと - 宣言書を手にする男。頭の鉢の大きな男の写真。建物を監視する兵士。軍人と貴族。戦場。賛否分かれる議場。バルコニーで演説する男。銃殺された死体。そして最後に、銃器を捧げ持った市民の群。絵本とも思えない陰惨な内容です。タイトルは『КАРЛ ЛИБКНЕХТ』。全く読めないながら、二つの単語のどちらかは作者か作画家もしくは登場人物の名前ではないかとあたりをつけ、まず自動翻訳サイトのロシア語→英語翻訳で“КАРЛ”を訳していただきましたところ、出ました! “KARL”だ。人名で当たり。ならばもしや。で、今度は“КАРЛ ЛИБКНЕХТ”をサーチエンジンにそのまま放り込むと…『カール・リープクネヒト』…ってこんな顔だったのね。なるほど絵本の写真と一緒。革命後15年を経て、革命期の初心を呼び戻そうという意図でしょうか。「ローザ・ルクセンブルクといえばこの人」のリープクネヒト氏については、皆さんもサーチエンジン等でご確認いただくとして、モチーフだけでみると陰惨ながら、そして、豊穣期のロシア絵本のような伸びやかな魅力にはいささか欠けますが、どこか飄々としたタッチで描かれた挿絵の味わいや、おそらくはまだ読める目処もたたないテキストに込められたメッセージも、歴史の端境期の状況を物語る興味深い一冊ではないかと思います。歴史は何も過去に閉じられてあるものではありません。周知の通り、ソ連では既述の決議採択以降、芸術表現までもが国家の統制・監視のもとに置かれていくわけですが、個々の事象毎に申し述べられるもっともらしい理由や、自主規制を無言で強いる見えない圧力などといったものは、決議といった見えやすいカタチがある場合よりもむしろとても厄介なのではないかと、ペラペラの絵本を眺めながら考えさせられるのです。
■うって変わってこちらは能天気ともいえる落札品。ファッションシューズ社なる発行元より1950年代半ばから後半にかけて出版された『ファッションシューズ』の8冊。いずれも靴の年鑑総合カタログとして出版されたものと思われます。まだ表参道に移転して間もない頃、ということはつまりかれこれ6~7年前、靴のカタログはないかと何度かお客様に聞かれ、考えてみると「ない」。当時から昨日に至るまで「どうやら、ない。」と思っていました。私の見落としだけではなく珍しいものである様子は、入札用の封筒が札で結構膨らんでいたことからも伺えました。いずれも60~70Pのほぼ半数はスポンサー名が小さく入れられた出稿ページではあるのですが、繰っても繰っても出てくるのは靴・靴・靴靴靴…。婦人靴、紳士靴を中心に子供靴、スポーツ用まで。しかも年鑑だけに全シーズン対応ときています。私のこれまでの人生において一度にこれだけの靴の図版を見せられたのはこれが初めてではなかろうか。濃いいです。婦人靴にモードがあるのは当然ですが、意外なのは紳士靴。タッセルシューズやサドルシューズなど、年によってはいまや見つけることさえ無理な派手な色を組み合わせたものがあったりなんかもいたしまして。しかも挿絵もモデル写真も非常にアメリカンなものですから、“ジャックとベティがロケンロール”な時代をそれは見事に写し取っております。お世辞にも「ほらここにはお洒落な靴がたくさん!」」とは申しません。しかし、これを見ても、戦後の日本が、戦前に政治や軍事から文化に至るまで範をとり多くの人が憧れたヨーロッパではなく、マッカーサー率いるGHQに国民総カルチャー・ショックを受けたアメリカに、多大な影響を受けたことは明らかなのでした。歴史は何も過去に閉じられてあるものではありません。サブプライム・ローン問題もまた…(これ以上長くしてどうする ! )。