■例えば、事件を予言したかのような絵画、例えば、未来を先取りしていたとしか思えない映画や小説。時に、表現者とは遠くを見通す能力に長けた人のことではないかと思うことがあります。こんな言葉にも、また。
- 「空の燃え落ちる朝あなたは知る/だろうたべけんぞうの想像的可/視世界の非日常が日常空間を崩/しすべての人々の共有する最終/世界の日常と化したことを嗚呼/終末灯を点火せよヨシダヨシエ」
いまから34年前の1977年、たべ・けんぞうの著書でヨシダ・ヨシエが協力・論説を寄せ、現代創美社より1111部限定で発行された『ヴォワイアン叢書No.1 プロメテウス黙示録』の最終頁に置かれていたヨシダのこの言葉は、原発事故のもたらした終わりのない非日常が、その物質性により地域を選ばず、その終わりのなさゆえに日常として引き受けざるを得ない、フクシマ以後の世界をそのまま表現しているかのようです。
たべ・けんぞうは幼少期を広島で過ごしたことから、1970年代から1980年代にかけ原爆をテーマとする作品を発表した作家。A4・20Pの当冊子にはたべの4つの作品 - ①1973年、たべ・けんぞうによる“壮大なキノコ雲”の展示(日本橋・ときわ画廊)、②同年、広島原爆ドーム前での映像によるキノコ雲の再現、③1975年の「BOMBA MESKALINA」。たべとヨシダによるメール・アートで瀧口修造の書斎、松澤宥の虚空間情報探知センターや、「爆弾」というネーミングによって各国税関で一悶着起こしながら北米や南米やパリに届けられという ④1976年、「エノラ・ゲイ」の機長だった人物が米国航空ショーで原爆投下を再現したのに対してたべが呈示した作品「リメンバー・パール・クラウド」- が、多くの写真で報告され、こうした活動とその背景に関する“論説”をヨシダ・ヨシエが寄せています。
ヨシダ・ヨシエの論説のなかには、この当時すでに「原子力の平和利用は、クリーンなエネルギー開発だとの「文明」のがわのご宣託だが、放射性廃棄物を完全に封じこめることは、方法の上でも、コストの上でも絶望的なまま、刻々と地球上に蓄積しつつある。」という指摘が見られます。この当時、すでに国の規定路線として進められていた原子力=「プロメテウスの火」への、冊子20Pという小さな異議申し立ては、こちらの方がプロメテウスの名に相応しい「先見」の書といえるのではなでしょうか。
■先日来、『カメラと機関車』の著者である吉川速男という人のことが気になっていて、市場でカメラ雑誌なども捲って見るようになりました。今週は戦前の『アサヒカメラ』が6冊で出品されているのをパラパラ見ていると … 昭和11(1936)年発行の『十周年記念4月増大号』の記事「写壇 WHO’S WHO(1)」に吉川の略歴を発見、筋金入りのお坊っちゃん育ちで趣味が仕事の筋金入りの高等遊民らしきことが分かりました。この増大号では、アマチュアからプロまで、写真作品そのものをたくさん紹介しようという方針だったようで、中山岩太や永田二龍、室田庫造、山内光、福田勝治などの名前も並ぶ図版多数。また、「二・二六事件」での朝日新聞のスクープまでの顛末やベルリン冬季オリンピックの写真報告、記事には板垣鷹穂、蔵田周忠、光吉夏弥などの名前も見え、広告も資生堂、ミツワ石鹸など一流で、目次のデザインを山名文夫が出掛けるなど、どうしてなかなかな点の多い約2cm厚は“充分見応えあり”です。
■今週はこの他、羽太鋭太著『うきよ診断』と石角春之助『銀座解剖図』、『モダニズムの時代』『幻のロシア絵本 1920-1930年代』など展覧会図録が約20冊、古書趣味・書籍関係随筆約20冊などが土曜日のうちに店に届きます。
■「これだけ買えれば万々歳」という1点のために、店を休んで出掛けた洋書会大市は相手のテッペンの札に僅かに届かず、肝心の品物をとり逃すという結果となり、いつもの金曜日の市場では一番面白いと思った資料系の紙モノで、落札者の最安値にさえ届かず惨敗しました。市場というもの、いつまで経っても思うように買わせてくれるということがない、何とも厳しい世界です。そうしたワケで、会心の、とはいえませんが、それでも市場にはまだまだ知らないものが現われます - 今週の新着品も小店初入荷のものからご案内。あっ。念のため。来週店は通常の火・木・土曜日の各日12時から20時で営業いたしますのでご来店のほどよろしくお願いいたします。
■『視力の内部で』と邦訳タイトルの付される(ウィキペディア「ポール・エデュアール」)
『A L’INTERIEUR DE LA VUE.8 POEMES VISIBLES』は、マックス・エルンスト(当書表紙・扉ではMX ERNSTと表記)とポール・エデュアール(同PL ELUARD) 共著による詩画集で、1948年、限定610部を発行。入荷したのは47と番号の振られた1冊です。当書についてはウィキペディアの「エデュアール」をはじめ、出版年を1947年とする資料も散見されますが、発行は1948年。1931年にエルンストが制作した8篇の視覚詩 = コラージュに、1946年、エデュアールが書いた8篇の詩をプラスして、1947年の12月に印刷された … と奥付頁に当書成立の経緯と印刷年、限定部数などまで記しながら、何故か発行年を裏表紙に置いてしまったことによって混乱が生じたものと思われます。図版は全て片面刷されたコラージュ作品で35図を綴じ込んでおり、奥付に記載された印刷所はあのムルロー工房。さらにこの内の7図には、手彩色が加えられています。エルンストとエデュアールの共著による詩画集は、シュルレアリスムの王道という点で小店には荷がかちすぎるきらいもありますが、コラージュに描かれた不思議な世界には思わず見入ってしまうような抗し難い魅力があるのは確か。名前の残る人たちの仕事のもつ、決して色褪せない力を感じさせられます。
右は、制作者が手紙の中で「くどかったのでは…」と不安をのぞかせたマーブル紙を使った表紙 左はタイプ打英文原稿と裏打紙の間に幾筋も糸を挟み、糸を本文紙に固定したページ 中央は本文テキストも挿画もペンで手書きされた当書にとっては標準的なページ
■2点目はまたしてもブライヴェート・プレス主宰者だった人の旧蔵書で西脇順三郎の詩集『あむばるわりあ』の限定2部本。製作者は黒川佳哉という人で、この人については一切が不明ですが、後ろ見返しに貼り付けられた手紙から、旧蔵書の顧客で限定本のコレクターだったことは間違いなくうかがい知れます。限定本のコレクションに熱中する人が、やがて自分自身の思うような本を作ってみたくなるのは自然な流れなのかも知れませんが、この2部本については、用紙-純白Cansonを選び、扉のタイトルを自らレタリングし、テキストは4色を使い分けながら全ページをペンで手書き、挿画も自身選んだ上、精密に - マン・レイや宇野亜喜良や北園克衛の線画をペン書きで、イヴ・タンギーの図版をステンシルで - 再現し、折丁を整え、糸かがりし、マーブル紙の表紙をつけ、タイプ打ちしたタイトル用紙を貼り付け … と何から何まで一人の手仕事。刊行は1975年 (奥付には「発行期」として「1975.10.30.」と記載)で、当時、個人で利用できる複写技術といったらガリ版刷程度しかなく、和文タイプも一般的ではなかったようなので、良質な紙を使って文字もレイアウトも美しくと思えば、いっそのこと書いてしまうのが早道かとも思いはするでしょうが、一定のテンションで・乱れなく・誤字脱字なく・書き果せるのは至難の業だろうと、その後のワープロ、パソコンで楽することを覚えてしまった私などは感嘆するばかり。旧蔵書に宛てた手紙の中に、3冊は作りたかったけれど1年かけて2冊がやっとだったとあるのにも、いや2冊で充分立派ですと、できることならお伝えしたい。それは兎も角、当書は最初から1部(1冊)を旧蔵書に贈ることを念頭に置いて作ったのだと云い、「それにしても 私の本は 未熟なものですが、もし貴下に 一冊所有していただければ、本当に幸いです。」と記された手紙とともに届けられたこの本は、西脇順三郎に対する以上に、自分の眼の前に讃嘆すべき美しい本を差し出してくれるプライヴェート・プレスの主宰者に向けて捧げられたオマージュだったといえるのではないでしょうか。あるいはこれもまた、旧蔵者によって生み出された限定本の1冊だったといえるのかも知れません。
■今週はこの他、上記旧蔵者の詩集の1本口、ベデカーを中心に戦前の海外ガイドブックが約40冊(ロシア1冊含む!)、昭和20~30年代の雑本10本口などが明日の夕方、店に入る予定です。
■先ずは大切なお知らせから。来週5月17日の火曜日は、「洋書会大市」のため、店の営業はお休みさせていただきます。木曜、土曜日は通常の12時から20時で営業いたします。ご来店にはさらにご不便をおかけする来週ですが、どうかくれぐれもご注意の上、ご来店いただければ望外の慶びに存じます。何卒よろしくお願い申し上げます。
■画像をご覧になって「何だ先週から更新してないじゃないか」なんて思われませんように。確かに先週落札分の続きではありますが、少し調べをつけるのに時間がかかってしまったため、まだ店頭にはお出ししていなかったちょっと面白いものをご紹介 …… する予定でいたのですが。5/13(金)、神田の市場で午後4時過ぎまでの入札を終え、そこから五反田の市場へと河岸を移して本の山が壁となって連なる南部古書会館で入札を続けること小一時間。 おやおや? オカシイぞ?? なんだこのユラユラグルグルは??? と訳のわからぬ眩暈に襲われました。生肉を食べたようなおぼえもないし、いましがたまでの元気を思えば全くもって原因不明。いま思えば昨日の東京、前日までの肌寒さから一転、夏を思わせる暑い日となり、もともと低血圧の人間にとって、急激な気温の上昇は一気に血圧を下げる方向へと働くため、血圧低下による軽い貧血だったのではないかと思われます。市場での俄かな鬼の攪乱に、色々と心を砕いて下さったご同業のみなさま、本当に有難うございました。お陰さまでどうやら大したことはなさそうです。念のため、今日のところは先に用意しておいた画像のみをアップいたしまして、内容については日曜もしくは月曜日に書き加えさせていただきます。大変申し訳ございませんが、しばしのお待ちを、よろしくお願いいたします。おっと。忘れちゃいけない明日土曜日のこと。5月14日は通常営業いたしますので、ご来店のほど、併せてよろしくお願い申し上げます!
■見返しに「SIMOZATO - ZIROHATI / AITI-KEN NARUMI-TYO」のスタンプが押された『ライカの新技法』。しもざと じろはち ? 下郷 じろはち ?? 下郷、といえば 羊雄??? との関係や如何に! → ………… はいっ。ここからが 5/16加筆した続きです。見返しに、意味深なスタンプの残る『アサヒカメラ叢書 ライカの新技法』は畑宗一著、昭和10(1935)年発行の初版・美本。本自体は高い値段のつけられるものではありません。問題はただひとつ、先に書いたスタンプのもつ意味です。下郷といえば、“戦前の日本において出版された唯一の超現実主義写真集”(『コレクション・日本シュールレアリスム 14』)としてその名を知られる『メセム属』の著者。「SIMOZATO – ZIROHATI」 = 下郷羊雄のことだったりして。もしそうなら鉛筆で加えられた書き込みだって、瑕疵から一転、資料的な意味が生じちゃったりして。- という欲に目が眩んでサイトや関連書籍・図録などを調べてみました。
「羊雄」という、何やら村上春樹の小説の主人公めいた名前は、案に相違して本名のようである。羊雄くんは1907年愛知県の鳴海町というところで生まれたというから、スタンプの「AITI-KEN」は愛知県、「NARUMI-TYO」は鳴海町を示しているに違いない。さらにその生まれた家というのが同地の「千代倉」という名家であり、この千代倉の本家筋にあたるのが「下郷次郎八」家だとのこと。なるほどこれで「ZIROHATI」が名跡だと判明、その名跡を継いだのが……羊雄くんならラッキーだったのですが、残念ながら彼は次男で長兄あり。いや待てよ待てよ。“下郷家蔵書”だったとしても、他に使う人がいなければ羊雄くんの旧蔵書といってよいはず。昭和10年当時の羊雄くんのお住まいは … 昭和7年には鳴海町と別の自宅アトリエがすでにあったようで。そ、そうですか。やはり妄想でしたか。いや。がしかし。例えば他に誰か買うような人がいなければ … って、そんなことまで調べられないし。でも羊雄くん旧蔵の「可能性あり」くらいは云えるのかしらと、どこまでも欲深く、最後に斜め読みした資料(『名古屋市美術館 研究紀要 第1巻』『同 第4巻』)に、“鳴海の本家へ(新年の)挨拶に行った。”(昭和11年1月の日記)、さらに“鳴海の兄が来たので、僕の作品の写真を撮ってもらった。”(昭和12年2月の日記)という記述が出てきて、どう考えても下郷次郎八の名跡を継いだ羊雄の兄の旧蔵書とみるのが素直。日月堂の欲は最後の段になって呆気なく粉砕されたのでした。
■「S.FUKUHARA」「SIMOZATO – ZIROHATI」に続いて出てきたのが「KOMETANI」。先月(2011年4月9日)にも入荷した小石清『撮影・作画の新技法』は、今回昭和11年発行の初版で、この本の見返しと扉との間の薄紙にある、レンズと光の屈折を図案化した蔵書票の書き込みのなかに記された名前です。「KOMETANI」といえば「浪華写真倶楽部の米谷紅浪というのが居るゾ」と教えて下さる方あり、当然のようにまたしても欲は膨らんだわけですが、こちらは米谷の本名=富三の調べも簡単につき、蔵書票図案の上、もうひとつの書き込み「Chyuitsu Kometani」との齟齬から、そう痛手にならないうちに(?)見当違いが判明いたしました。
こうした次第で大きく膨らんだ欲は完膚無きまでに叩き潰されましたが、しかし旧蔵者=プライヴェート・プレスの主宰者が旧蔵者であるだけに、その手に渡り、これまで架蔵されていたのには何かしらの理由があったのではないかと、ついつい考えてみたくなる、そんな一群でした。と、このあたりも5/16の加筆でお届けいたしました。
■この本の画像をこれまでHPで一度もアップしていなかったとは! → モホイ=ナジ装丁の『左翼劇場』、詳細は週明けに続く…………… はいっ。こちらもここから5/16の加筆です。ピスカトールの原著を村山知義が翻訳した『左翼劇場』。昭和6(1931)年、中央公論社発行の初版です。函の平と背を飾る、どこか映画「インセプション」を思わせるフォト・モンタージュは原著書の装丁をまるっきり引き写したもので、書籍中にクレジットはないものの、函の装丁のなかに「nagy」のサインが認められるモホイ=ナジの仕事。そのモチーフとなっている360度どこからどうやって組み合せられているのか判然としない球形の図版は、ピスカトールが当時、もちろんパソコンない時代に、舞台の上に実際に現前して見せた「地球儀舞台」をベースにしていることが、本文内に挿入された豊富な図版によって示されています。装丁から本文テキストに至るまで貫かれた度肝を抜かれるような前衛中の前衛が、この本の中で眠ったまま、ここにあります。*画像はあくまで遊びであり、入荷は1点限りです。
■今週はこの他、ジャック・プレヴェールとイジスによるパリ写真集3冊、昭和30年代の小学生のノート、絵日記、教科書などダンボール1箱、戦前の商標ラベル貼込帖3冊etc.が土曜日には店に入ります。
今日のところはこのへんで。みなさまおやすみなさいませ。
で、明日5/17(火)は「洋書会大市」のため店はお休みです。くどいようですが、改めて「ご注意を!」お願いいたします。