■GWも明けて金曜日、小店の仕事は市場で再開となりました。半世紀、食べていくための困難こそあれ、身辺概ね安穏とこれまで過ごしてきた揚句に迎えたあの3月11日とそれ以降の出来事は、実際的な景気の冷え込みをもたらしたばかりか、そうでなくともすぐにへこたれる人間にはなかなか堪えているものと見え、市場に出掛けたところでよほど欲しいと思うもの以外もう全然買おうという気が起こらず、しかもその、よほど欲しいと思うもの、なんてそう簡単に見つかるわけなくそう都合よく出てくるはずもなく、ならばその、よほど欲しいと思うものって一体どんなんだと云われればこれがまた自分でもよく分からないという、そんな調子で過ごしたこの二カ月でありました、が、正直 コレコソハ! とまではいかないものの、これなら少し頑張ってでも買おうか、と、ようやく少しだけ光明が見えた今週の新着品です。
■1点目は昭和12年発行の『アサヒカメラ叢書19 旅の写真撮影案内』。文庫サイズで上製・函入りのこのシリーズ、戦前はお金持ちでないと楽しめなかった写真趣味、とはいえ、要は実用書とあって発行部数も多かったのか、古書即売会の会場などで大概一度は目にされているかと思いますが、今回入手の一冊は、見返しに著書である福原信三の署名と蔵書票のあるところがミソ。福原信三はいわずと知れた資生堂創業者の息子にして初代社長、とすると、画像中の見開き右頁に貼り付けてあるこの繊細かつ瀟洒な蔵書票は山名文夫のデザインか…? と想像しているのですがどうでしょう。ちなみに書票中央の欧文文字は小文字のs(=shinzo)とh(=fukuhara)を組み合わせてシンメトリーに配置したもの。旧蔵者はプライヴェート・プレスを主宰されていた方だと聞いていますが、生年などから考えて福原自身と直接的な接点があったとは思えないため、後世、福原信三の旧蔵書をどなたか縁のある人を通じて贈られたものではないかと、これまた想像するばかり。関係性を成立させる幾通りもの可能性など、勝手に考えを巡らせることのできる余地をもつ品物というのは、やはり古本ならではの楽しみだと思います。
■同じ旧蔵者の『カメラと機関車』は小店にとって漸くの初入荷、しかも函・カバー付きのよい状態で落手しました。昭和13年・玄光社発行の初版で、著者はこの時代、写真関係実用書各種の撮影・執筆に精力的に取り組んだ吉川速男で、当書については著者による自装本となっています。多くの著作の中でも吉川自身、「私のアルバム中、最も異色あり、且最も努力を傾注したものから選檡し、新たに作画して出来た」という自信作であり、実際に吉川の代表作とされる著作であるばかりか、鉄道写真集としても初期の優れた作品とされています。あのカッサンドルのポスター「ノルマンディー号」に対して板垣鷹穂+堀野正男の『優秀船の芸術社会学的分析』があるように、同「ノール急行」に呼応してこの『カメラと機関車』がある、という極私的な趣味嗜好と思い込みとによって、一度はどうしても手にしたかった一冊です。『優秀船~』と比較してみると、機械美や写真ならではのパースペクティヴに注目した写真の作風から、正方形に近い判型、布装の上に紙カバーをつけて函に収める造本の要素、写真の配置やテキストの組版などに援用されたバウハウス風のレイアウトなど、共通点も多く見られます。モダニズムに深く関わる書籍である一方、実際にはより熱心な鉄道ファンの方たち支持されているようで、著者のご遺族や版元の許可を得て全頁を紹介する「web復刻版」も本日発見。この仕事をしていると「思い入れのある本は売りたくないでしょう」とよく聞かれますが、ところがどうして良いと思うもの程売れるのが嬉しいことはありません。古本屋は一旦手にすればそれで充分、あとはweb版で楽しむとして、やはりゲンブツでなければ!という方が現れるのをどこまでもどこまでも、お待申し上げる次第にございます。
■じぃーと見ていると何だか仲代達也に似てるような気がしてくるペリカンの絵。その絵が表紙を飾る井上廣雄著『ペリカン』は昭和4年に発行された詩集です。井上廣雄も、版元の「読者の為の翻訳社内 時雨堂出版部」もいまやまるで調べる術のない無名の存在で、何故入札しようと思ったのかといえば偏に仲代達也っぽい人間的なペリカンの絵と、本文中に5葉綴じ込まれている柳瀬正夢の挿画がその理由の全てでした。表紙の装画も挿画も、井上の詩の内容に沿って描かれたこの詩集のための作品で、柳瀬が装丁・挿画に関わった書籍のなかでは珍しい部類に入るものと思われます。持ち帰ってよく目を通してみると、教室に横溢する自由な空気を活写した「文化学院」と題された詩があり、さらに序文は堀口大学、中川紀元による著者の肖像画があり、この両者もまた文化学院の講師陣であることから、井上廣雄という人が - 生徒なのか助手といった立場でか、詳細は詳らかにしませんが - 1920年代に文化学院に席を置いていたことだけは、どうやら間違いなさそうです。しかしそれにしても「柳瀬正夢+珍しい=買ってもいいかも。」って、こんなに深みのないことであっけなく解消される程度の悩みだったわけですか。すみません。
■今週はこの他、戦前の雑本約20冊、『建築グラフ』等戦前建築関係雑誌5冊、『音楽評論』他戦前音楽関係雑誌7冊、そしてさらに同じ旧蔵者の … はまた来週の更新で。
■3.11からこのかた、何か気持ちの据わらないままうかうかと過ごすうちに、来週はもうゴールデンウィークに入ります。GW中の店の営業は - 来週は通常と変わらず4月26日(火)、28日(木)、30日(土)の3日間、各日12時より20時で営業いたします。翌週5月1日(日)より5月6日(金)まではお休みをいただき、5月7日(土)は再び12時より20時で営業 - の予定です。ご心配な場合はお電話で在席をご確認いただければ確実かと存じます(03-3400-0327 留守番電話に切り替わった場合は不在)。ご面倒をおかけいたしまして大変恐縮に存じますが、何卒よろしくお願い申し上げます。また、来週は当新着ご案内の更新は一回お休みさせていただきます。次回は5月6日深夜から7日未明にかけて更新の予定です。こちらも併せてご了承のほど、よろしくお願いいたします。
■ここのところ戦前の海外渡航関係資料を続けて入手、中から今週は「ツチヤ ヨシ」氏旧蔵の一塊より。西はスペイン、フランス、ドイツ、欧州各国からアメリカそして南米まで、国境も言葉も越えて駆け回ったらしきツチヤさんは、主に各国の見本市や商業施設、ビジネススクールなどとの連絡で動いていたようですが、なかで面白そうなのが『SEATING LIST Japan Society Dinner In Honor of His Excellency Katsuji Debuchi 』で、日付は1929年12月11日。その前年にアメリカ合衆国特命全権大使に就任していた出淵勝次を囲み、ジャパンソサエティが主催、ホテル・アスターで開かれた夕食会の出席者および着席リストです。全106テーブル約800名の欧文人名の中には一体どんな人の名前が潜んでいるのか、詳しいことはご購入下さる方にお任せするとして(居るのか)、専用封筒とレターヘッド、絵葉書がセットになったエアライン「MADDUX」カリフォルニア-メキシコ路線パンフレット、ドイツの誇った豪華客船、北ドイツ ロイド社の「ブレーメン号」が配布したメタルバッチ付のインヴィテーションカード、スペイン国見本市のパンフレット、パリ・ルーブル百貨店のフロアガイド兼手帖、スポーツ案内件年間スケジュール帖など、洒落た印刷物とグッズなど粒揃いのコレクションは、関連毎に分売の予定です。
■スピルバーグ監督の新作が「タンタン」だと知ったのが昨日の新聞広告でのこと。タンタンといえば我が国の「正ちゃん」を忘れるわけにはいきません。というわけで今週の新着品1点目は『正ちゃん文庫』5冊+番外1冊。絵のタッチから物語の作風まで「タンタン」と「正ちゃん」とに見られる近似性は、すでに多くの方の言及されているところですが、世界的キャラクターとしてこの度なお一層の飛躍が約束された「タンタン」の誕生が1929(昭和4)年なのに対し、日本でもいまや年配の方か漫画や児童文学を愛好するごく一部の方にしか知られていないと思われる「正ちゃん」は1923(大正12)年の誕生で、何と6年も先輩。「タンタン」は「正ちゃん」のパクリか?!- というのはどうやら贔屓の引き倒しで、「正ちゃん」の原作を担当した織田小星は欧州駐在経験があったことからも、「タンタン」のエルジェと「正ちゃん」の織田に共通のインスピレーションをもたらした何らかの作品がすでにあったと見るのが妥当であろうかと思われます。いずれにしても大正末期の日本では、漫画・絵本の分野にも、このようなかたちでモダニズムが興っていたというわけです。ところで今回入荷したこの『正ちゃん文庫』ですが、織田原作・樺島勝一作画により『アサヒグラフ』『朝日新聞』に連載された正統「正ちゃん」を、大阪の榎本書店という版元が無断で(といわれています)小型本に仕立て1925(大正14)年に発行したもの。先に「+番外1冊」と書いたのは画像中の下段下・見開き分なのですが、これだけは正ちゃん文庫ではなく、しかし同じ造本、同じ榎本書店がらみで出版された日本ペイントのPR誌『トンキチのイヂワル』という代物。無断引用されたという「正ちゃん文庫」より、書き下ろしのはずの挿絵も樺島勝一的うまさでちょっと驚きのこの1冊、実は最も成立経緯の気になる謎の物件です。
■昨日の市場で、久しぶりに大阪からいらした古書店のご主人と立ち話になりました。「東京はほんまに暗くなりましたなあ」というのが第一声でした。地下鉄の駅からお店まで、電灯を灯す数を減らし、夜8時を過ぎれば場所によっては街全体が闇に沈むかのようですが、何だか少しパリのメトロや路地の様子に似てきたようにも思います。日昼でも雨でも降ろうものなら通りからすっかり人の姿が消えてしまいますが、静かな雨を眺めるのも案外悪くありません。根津美術館ではこの時期恒例の「国宝 燕子花図屏風 2011」が5月15日まで開催されていますが、例年の長蛇の列が嘘のよう、お陰で今年は並ばずにご覧になれます。こんな時だからこそ、という方法で、思いつきで、みなさまどうかよきGWをお過ごし下さい! あ。4月30日のご計画には、小店も加えていただければ幸いに ……… 。
■仙台では震災後3日目にはもう、スーツ姿で自転車に跨り、ガレキのなかを会社に向かうサラリーマンの姿があったと聞きました。避難所生活も、足元がこうも度々揺れるのも、原発事故と隣り合わせの日常生活も、確かに外国人には理解し難いことだと思いますが、しかしそれ以上に、このシュールな - とでも呼びたくなる - 風景は、私も「何をそこまで。」と思うほど。日本人がかくの如くすっかり飼いならされる前、日本にだってかつてはあった「政治の季節」に関係した書籍が今週の1点目。『POSTERS FROM THE REVOLUTION Paris, May 1968』で、1969年にイギリスで印刷・発行、ポスターを中心に、巻頭にテキストとデータなどが収められています。ポスターからテキストまで、著者は誰かというと、これらのポスターを生み出した工房「アトリエ・ポピュレール」であり、ポスターの方にも作者名なし。一貫して無名・匿名が貫かれています。内容はといえばタイトルでもお判りの通り、パリの5月革命の際にその時々のメッセージに合わせ次から次へと作られ、街に出て、人々にメッセージを伝えたポスターの図版を中心にまとめた書籍で、ポスターは学生が占拠したエコール・デ・ボザールのアトリエで作られたのだとか。巻頭テキスト中に置かれたポスターの制作風景を写した写真から、工房もまた戦いの最前線だった様子とともに、ポスターがシルクスクリーンで刷られている様子がうかがえます。当書に関していえば、ポスター部分は1色特色刷 - 一部シルクか - によるもの。尚、図版中の両面開きの写真は当書の見返し部分で、テキストの組版含め、全体的なまとまりにも優れた書籍となっています。図版中、下段左の赤い工場の建物に白ヌキで「MAI68」とあるのが当書の表紙、写真は見返しで、他のイラスト図版が全て当書所収のポスター図版となっています。
■実験工房の主要メンバーであり、我が国メディア・アートの先駆者のひとりである山口勝弘の著書『不定形美術ろん』。「ろん」は間違いなくひらがなで、1967年、学芸書林発行の初版本です。すでに「戦後」から離れた時代・意識を背景に、不定形状態にある都市・東京においてのみ可能な芸術を考察しようとする試みは、絵画と彫刻、或いは音楽などの既存の芸術カテゴリーに留まらず、この当時の新しい芸術潮流だったハプニング、光や展示、さらに料理や美容・変身などを含みつつ、現在にも通じる多様な問題を抽出しています。各章別の図版を中心に、章末には比較的長文の山口の論考が必ず付される構成です。
つい先日、中原祐介、吉村益信の逝去に触れましたが、その後さらに、瀬木慎一、そして多木浩二と続いて亡くなられました。これもまた、時代の転換期との符合なのか、批評の不在とともに美術本体が細っていくようなことがないようにと願います。
■今週はこの他、海外旅行案内関係2口2箱(店頭に出すにはまだ少し時間がかかります)、工業デザイン関係専門誌『造』約20冊、雑誌『デザイン』が創刊号の方から約10冊などが入荷。また、入荷したまま値付けの遅れていた『ゲルブラウスグラフィック』、『リリュストラシオン』他戦前洋雑誌に値段がついて漸く店頭にお出しいたしました。