■左の画像、パリはヴァンブで開催される蚤の市の風景から、今年撮影したもので。ごろんと転がるロココ調だか何んなだかいずれにしても大雑把な花瓶、アフリカンアートっぽいけどどこかゾンザイな木彫、その隣には少々ヘタったブルドッグの縫いぐるみ、明後日の方を向いた女の子の人形の膝の上には飛んでるようなポーズをとる犬種不明のやはりこちらも縫いぐるみ、そして大胆な造形のガイコツのかぶり物 …… 単にナゲヤリなのか? はたまた人の目を惹くために計算し尽くしたものなのか?-ま、それはないと思う-この形容しようのないセレクションと並べ方は相当スレた業者でもない限りちょっとやそっとのことでは真似できるものではありません。この、“もう誰もついて来られないだろーな感”には、いつか小店もこのあたりまで行ってみたいかもという、危険なユーワクに駆られたりもするのですが、それはさておき。こんな調子の蚤の市だったらワケの分からない紙モノなんてゴロゴロしてるだろなんて想像される方も多いかと思いますが、しかしそれがさにあらず。小店が、というより、小店のお客様方が、好まれる例えば「ただの古い紙の束」なんていうのはまずもって皆無です。チケットの類は1枚1ユーロから、レシートとなると何故か決まって1枚3ユーロから、と、すべからくきちんと値段がついて、丁寧にファイリングされてたりもしてて、とても手の出せたものではありません。一番むつかしいのは意味もなさそな紙ペラかあ。と今回もあきらめて帰国してから一週間。それが日本の市場に出て来ました。というのが今週の新着品です。
■右の画像はダンボール1箱分のその紙モノのなかからほんの一部。1936年から1938年、ナチス政権下のドイツで過ごした日本人プロフェッサー氏 - 親ナチの痕跡も残ることから氏名は伏せます - の旧蔵品です。ベルリンの地図各種、ドイツとその周辺各地の観光ガイドや時刻表、ホテルのバゲッジラベル、ブレーメン号やクイーン・メリー号関係の印刷物、ドイツ製ラジオ他家電製品のチラシや商品のタグ、そしてナチス関係の政治的パンフレットetc.etc.…にまじってベルリン・オリンピックの観戦チケットはじめ交通機関、公演関係の夥しいチケット類と領収証の類が次々と脈絡なく出てきます。日本人でここまで細かい紙モノまでとっておく人は少ないように思います。従って、この細かい紙モノこそがレア。日本人prof.氏がドイツでどのように暮らしていたかは今後この細かい紙の集積から推察するとして、しかしこの、掌の上で簡単に握り潰してしまえるような小さくて脆弱な切符や領収証が、他の立派な紙モノより余程確かな“存在の証拠”、或いは“記憶の種子”のように感じられるのは何故なんだろう。いまも尖端モードが疾駆する一方で、記憶の集積に支えられる街・パリだけあって、蚤の市で1ユーロだとか3ユーロだとか、きちんと値段が付けられているのには、きっとその辺りに理由があるに違いありません。いやいや単なるショーバイ ? かも知れませんが。
■帰国して市場に本格的に復帰した今週、新着品はこの他、19世紀末欧州及びその植民地の古い写真の台紙付きのプレート(パリ、ロンドン、ナポリなど)約80枚と、何度目かの入荷になる『Ψ(プサイ)の函』等松澤宥関連2点といったところで、パリから帰ると暫くスランプに陥るというのを4年ぶりに思い出しました。どうせなら何故もっとあちらで買ってこなかったのかと思い、その目がガイコツのかぶり物あたりに行くところは問題ですな。
■今回はパリから帰って2度目の更新。「その1」を未見の方がもしいらしたら、ここのひとつ下、2月17日付の更新もご覧いただければ幸いです。
さて、前回のアール・デコ&モード系の商品にかわって、今回はモダン系の流れで拾い出してきたものから。といっても小店のお客様にはすでによくご存知の品筋ということで、解説はごく簡潔にとどめたいと思います。
■20世紀初頭、すでに広告戦略なども一定の成熟に達していたフランスで、すぐれた印刷物を様々に生み出していた企業のひとつに酒販店の「ニコラ」があります。1点目の画像は、そのニコラが毎年発行していたワインリストで、これはカッサンドルがレイアウト、構成、書体・組版等を手掛けた1936年版。文字および扉や章頭・章末飾りなど最小限の装飾と色彩だけという、余計なものがひとつもないシンプルな要素で構成しながら、非常に美しいデザインを実現しています。シンプルでありながら華のある、いかにもよい時代のカッサンドルらしいデザインで、おそらく20冊以上は発行されているニコラのワインリストのなかでも白眉といってよいのではないかと思っています。
■そのカッサンドルが手掛けたPR誌で、このために「ACIER体」という新たな書体まで用意されたフランス鉄鋼メーカー発行の月刊誌『ACIER』は1934年の鉄材を使用した新製品の特集号と1935年のアルジェの新住宅特集号の2冊を入手。表紙はもちろん、カッサンドルのデザインによるもので石版刷となっています。号によっては建築技術の特集など、非常に地味なものもありますが、今回入手したような特集の場合など、内容によって非常にスタイリッシュな写真とモダンなレイアウトが駆使されているものも多く、ちらっと表紙だけでも見かけたなら必ず中面まで確認する価値のあるPR誌です。
■3点目は『LE POEME ELECTRONIQUE LE CORBUSIER』。戦後、1958年ブリュッセル万国博覧会でル・コルビュジエが手掛けた「フィリップス館」についてまとめた厚さ1cm弱の冊子で、こちらも表紙は石版刷。完成した館の写真の他、設計途上の図解、現場風景、コルビュジエ本人の他クセナキスのテスキトなどを集めています。第二次大戦後初の大型万博であり、日本にとって戦後復興を印象付ける好機であると同時に、次に大阪万博が控えていたこともあって、日本人も多く視察に訪れたはずなのに、ブリュッセル博で最も先鋭的だったと目されるフィリップス館のこうした資料、日本では何故かなかなかお目にかかれません。こちらもまた、中面のレイアウトまで一貫して、非常によく作り込まれた一冊です。
■遅れることはあっても定刻に出発することさえ稀なエール・フランス便、と思っていたのですが、今回成田からの出発は何故か定刻より「早まり」ました。奇跡です。がしかし。「そんなのありか。みんなホントに乗れたのか。」と心配になりました。パリまでの12時間はこれまでにないほどあっという間に経ちました。熟睡していたお陰です。厳冬と聞いていたパリは着いてみれば例年以上に温かく、レベル5まで段階的に用意して行った防寒用のダマールはレベル3で充分対応できました。新会場に移った古紙市は思っていたより見やすく、なかでも何故か食堂のスペースが最も拡大されていました。古紙市では写真が一分野として確立され、専門業者の出店が増えていました。一方、新たなサロンが立ちあげられるなどファッションもようやくアンティーク市場の中で定位置を得たようです。またフランスでも若い世代の古書店では絵本を扱うのが流行り始めたように見えました。蚤の市ではビュバール(吸い取り紙)やキーホルダーなど日本人が一時的に値段をつりあげたモノは総崩れとなっていました。パサージュの店は総入れ替えといった勢いで変化していて、変わりがないのは蝋人形館とステッキ屋と中国人がやってる盆栽屋くらいではないかと思いました。「私はステッキ屋になりたい。」とパリに行く度に考えるのですが、彼の地のお手本はどうみても道楽でしかありません。ステッキ屋は夢にしておきます。ポンピドーセンターで見た「モンドリアンとデ・ステイル」では、冊子や印刷物までとても丁寧に展示されていて、古本屋の仕事のもつ役割や可能性について教えられた格好です。ポンピドーからは、今回初めてエッフェル塔の全景を拝むこともできました。成田に着くと雨、リムジンバスが都内に入るとそれが雪に変わっていて、パリよりずっと寒い東京に帰り着きました。2011年の日月堂のパリはこうして終わりです。来年も行けるかどうかはこれからの12ケ月にかかっています。働くぞお。
■4年ぶりのパリより、無事帰国いたしました。手持ちの他、小包で送った商品も届き、パリからの商品も店内に収まって、店は従来の営業に戻りました。
左の画像は2月15日の閉店後、陳列を終えた店内キャビネット周辺部分の様子です。季節よりひと足早く、店内がすっかり色づきました。
今年はテーマを絞り、「アール・デコ期のアール・デコ調」の商品を中心にあつめてきました。本日の更新はそんなパリ報告の1回目として、下記に主なものを挙げておきます。
商品に関する詳細については店頭であるじをつかまえて説明を迫るか、お電話でお問い合わせいただければ幸いです。
尚、今週中にもう一度、今度はデザイン・建築など、どちらかというと男性的な方面での収穫について「その2」をアップする予定です。
左端 シャルル・マルタンの肉筆原画(紙にグワッシュ) 『ラ・ヴィ・パリジェンヌ』掲載、1910年頃のもの。 右の3点はいずれも1914年発行の『ガゼット・デュ・ボン・トン』より、バルビエによるファッション・プレート(全点ポショワール)。同時、同誌のバルビエのイラストでも、写実的なものではなく、よりデザイン化された3点を選びました。
■シャルル・マルタンのイラストレーション原画 (1910年頃、『ラ・ヴィ・パリジェンヌ』掲載用 紙にグワッシュ) / 『GAZETTE DU BON TON(=ガゼット・デュ・ボン・トン)』1914年発行分より、ジョルジュ・バルビエのファッション・ブレート(ポショワール)3点 / 『GAZETTE DU BON TON』1914年7月号 ブリッソーのプレート2葉欠け、但しバルビエ、マルタン、マルティのポショワール・プレート含む また、バレエ・リュス関係記事及びプレート有 / 化粧品・高級石鹸のパッケージ・商標等未使用のデッドステック 全てアール・デコ最盛期の頃のもの A2サイズ・キャビネット1段全面分 / 飲料品ラベル、ホテルの手荷物用ラベルなどハイセンスまたはユニークなデザインの商標 A3サイズ・キャビネット1段全面分 / 機械刺繍によるタグの見本帖 / ボン・マルシェ百貨店のアジャンダ / 企業プレミア品のミニサイズ・アジャンダ アール・デコデザインのもの多数 / 百貨店ギャルリ・ラファイエットの企業案内冊子 / 19世紀初めの契約書等手書き書類ひとかたまり / 菓子、手芸用品、洋品店等の紙袋各種 / カッサンドルがデザインした鉄鋼メーカーのPR誌『ACIER』2冊 / 同じくカッサンドルのデザインによるニコラのワインリスト / フランスの広告年鑑『PUBLICITE』の1939年版 / 1958年ブリュッセル万博でル・コルビュジエが手掛けたフィリップス館についての書物『LE POEM ELECTRONIQUE LE CORBUSIER』/ シカゴ進歩博の公式イラストブック ……などなど。
この内、カッサンドル関係以下は次回更新の時に画像入りでご紹介いたします。
今年はこの他、工具道具類や金型、アルミケース、ガラス瓶各種、紙箱入りの小物など、古本屋としてぎりぎりこの辺りまでならOKかと勝手に解釈してこれまで以上に色々と手を伸ばしてみました。こちらも詳しいご説明は店頭で、小店あるじをつかまえてお尋ね下さい。
■クリニャンクールでのこと。新感覚の古道具屋かと、いかにもそれらしく店名に「コンセプト」という言葉の交じる店に入ってみました。入ってすぐの壁に巨大なオブジェが掛かっています。象をかたどったハリボテかぁ … と思ってよぉーく見ると。これがホンモノ、首から顔にかけての象の剥製でした。壁に掛けたというより壁を突き破って顔を出しちゃったという感じです。剥製と気付いて後ずさったところには、今度は床からキリンの首から上が生えていて、私のつむじのあたりを見下ろしているのでした。パサージュに並ぶ店も古紙市に出店する店も、古本屋も古道具屋も、新感覚の店が出現し始めたパリで、今回一番びっくりしたのがこの店でした。もはや誰にもついて行けないこの堂々たる唯一無二っぷりは、店という実空間が辿りつく最終形なのかも知れないと思って面白く見てしまう自分を少々キケンだと思う程度の自覚だけはまだ残る日月堂 の2011パリ見聞のその1でした。